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座敷わらし

出産が近づくにつれ、家族で私たち兄弟3人が小さかったころに想いを馳せる機会が増えた。

よくこんな騒がしい3人も、「特に私は一番育てにくかっただろうな~。」なんて、感謝と同時に思い出す。

私は幼い頃から感受性が強く、なんと1歳代から記憶が残っている。

そんないくつもの思い出を話す中、おかしなことがあった。

昔、今実家があるこの熊本のおじいちゃんおばあちゃんちに遊びに来たとき、私は時々向かいの家の女の子と遊んでいた。

同い年くらいか、一つ下くらい。

ちょっと子ども心に不思議な子ではあったが、年も近かったしおばあちゃんちの家の向かいだったので、遊んでいた。

そんなとき、おばあちゃんが小声で私に「あんまりあの子と遊んではいけません。」と言うような内容のことを言うのだった。
それはあまり気持ちのいいものではなかった。

3つか4つ、もしかしたらもっと小さかったかもかもしれないが、うっすらとその子のお父さんに何か問題があったと記憶していたので、両親に聞いた。

「あの子のお父さんは何だったの?犯罪者か何かかと思ってたんだけど?」

すると両親は。

その家には子どもなんていなかったと言うのである。

母の2つ下の女の人がいたが、結婚はしなかったので子どもはいないと言うのだ。

え?
そんなはずはない。

今も残る(今は誰も住んでいないが)その家の門をこじ開けて、私は確かに中に入ったし軒下をほじくり返して遊んだりしていた。

家の中に入った記憶もある。

そのとき、なんとなく無愛想で気難しそうで怖そうなおじさんがいた記憶も。

でも、確かに母と同世代のその人には子どもがいなかったので、小さな子どもが出入りすることもなかったらしい・・・。
私の細かな記憶を話せば話すほど、両親は首を傾げるばかり。
しかも、母の教育理論上「親がどうこうだから遊んではいけません」と言うことは絶対になかったので母としては尚更である。

では、私は誰と遊んでいたのだ?

座敷わらし説浮上(笑)。

おばあちゃんとおじいちゃんも、もしかしたら私が一人なのにまるで誰かと一緒にいるように遊んで他人の家を出入りしているので気持ちが悪くなって「あの家には入ってはいけないよ?」っと言ったのかもしれない。

まさかね。

2才の頃住んでいた家の間取りを覚えているほどの私の記憶だから、確かなことに違いはないのだが。

あれは一体誰だったのだろうか?
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by kusanohiromi | 2013-02-26 22:40 | 家族  

入院していました~

里帰り出産のため、2月12日に熊本に帰ってきたのですが。
翌々日の14日、こちらでの初の妊婦検診を終えたその晩。

腰と下腹部の鈍痛に加え、倦怠感で目が覚めました。
午前2時半くらいでしょうか。

もっ、もしやこれは陣痛か!?

Twitterにてつぶやくと、経験者から「私もそのくらいの時期にそんなことあったよー。」とお返事が。

そうかそうか、と耐えつつウトウト・・・。

すると、今度は激しい痛みと激しい倦怠感で目が覚める。
午前4時。
体がものすごく熱い。陣痛にしては間隔がなく痛み続ける。
そして寝返りさえ打てない痛みと倦怠感。

な。なんだこれは~!
ふっ、布団が重い~~~。

布団の重さを跳ね除けられない。
身体が痛くて向きを変えたいのに変えられない。
変えようと少し足を動かすとコムラ返りを起こしそうになる。

うぉぉぉぉ~~~。

母を起こそうか・・・いやこんな時間だし・・・。

もう生まれちゃうのかな?

でもなんだかおかしいな?こんなに体が熱いなんて。
もしかして熱があるんじゃないか?

そこからはもう呻きながら耐えるのみ。
朝6時まで「う~っ、う~っ」と子宮の収縮を耐えておりました。
赤ちゃんの胎動が痛くて辛くてしょうがない。
「動かないで~~~~。」

朝6時に母に電話をし、離れまで来てもらいました。
「お母さんっっっ・・・、陣痛始まったかも・・・!みっ、水をくれ~~~!」
熱を測ると38度2分。ひえぇぇぇl~。

病院にTELしタクシーにて向かいました。
(また、このタクシーが意地悪で意地悪で最悪でした!)
立ち上がるのに数分かかり、ガクガクして歩けず。
車椅子に乗せてもらい病室へ。
その頃は38度8分。

そこからはあまり覚えていません。
薬を飲まされたり機械に繋がれたり・・・もう夕方くらいかな?と目を覚ますとまだ朝9時くらいでした。

11:30くらいになり、熱も下がったしインフルエンザも陰性だし、お腹の赤ちゃんも落ち着いたので一旦家に帰っていいと言われ帰宅しました。

が、夕方には再び39度を越えてしまったのです!!!
きょえぇぇぇぇ~~~!

即入院。

赤ちゃんの心拍数が上がりすぎ、母体が本能的に外に出してしまおうと陣痛が誘発される。
熱による痛みと陣痛による痛み(その時は、先生も看護師さんも『陣痛』だとは言いませんでしたが後で言われました)で地獄を見ることに・・・。

その夜、一旦熱が下がったものの再び明け方ガタガタと寒さに震え目が覚めました。
手を伸ばせばすぐそこに、さっき脱いだカーデガンと靴下があるのに、全身が激痛で動けないのです。

再び一気に39度を越えてしまいました。

看護師さんからも先生からも「このままお産しましょう~。」と言われる。
えっ!
里帰りしてまだ二日ですよぉ~?
つい先週までガムシャラに働いていたので、私の“ゆったり”マタニティライフはこれからですよ?
夢の、憧れの“ゆったり”マタニティライフを楽しみにしていたのですよ?
まだ赤ちゃんのグッズを何一つ買っていないのですよ?選ぶのすんごく楽しみにしていたのに・・・。

ショックでショックで布団の中で涙ポロリ。

何よりショックだったのは、体の悪い母を産前はたくさん手伝おうと心に決めていたのに、その母を手伝うどころか病院へ連れてきてもらったり、荷物を持たせたりしてしまったこと。

毎回毎回点滴やモニターをつなぎにくる看護師さんに「退院は~」と質問する私(笑)。

でも決まって「退院は考えてませんね。このままお産ですよ~。」としか返事が帰ってこず。

「ということは、予定日を待たずにですよね?保育器に入っちゃいますか?母乳あげられなくなっちゃいますか?」

不安になって訊きました。

「そうですね~。場合によっては保育器に入りますけど母乳はあげられるから大丈夫ですよ~。」っとのこと。

少しホッとしました。

現代の医療はすごいねぇ~。

もうこうなりゃ仕方ないかな、っと思っていた矢先。

退院の許可が出たのです~~~~!!!!

きゃぁぁぁぁぁぁぁヽ(*´∀`)ノ

帰りたいと訴えたかいがありました(笑)。

もうあと二日で正期産(いつ生まれても大丈夫な時期)に入るので、数日は自宅安静でその後は動き回ってよしとのことですっ!

あ~、良かった!

そして、辛かった!

だいたい熱が39度を越えた記憶も思い出せないほど昔のこと。
まさか妊娠後期になってこんな高熱が出るとはね。

原因は細菌感染でした。

東京では必ずマスクをして外出していましたが、熊本に帰ってきたとたん「もうここまでくれば何が起きても大丈夫やろ~。」っとタカをくくっていましたね。

それに、仕事も頑張り過ぎたと病床にて反省。
先生には「お腹が張っても休めない状況とかを続けて来ませんでしたか?ちょっとあなたは無理しぃやさんですねぇ。そうでしょ?」とお見通しでした。

「普通に動けると思っても、妊婦は普通とは絶対に違うんだからねっ?」っと念を押されました。

はぁ~い。

これからは、静かに過ごします。(って、もう遅いか(笑)。出産直前はむしろ動かないといけないからね!)
とにかく退院できて良かった。

みなさんご心配おかけしました。
メールやお花、ありがとうございました!
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by kusanohiromi | 2013-02-23 22:20  

里帰り出産のため熊本に帰ります~

たった今、ヤマト運輸さんが荷物の集荷に来てくれました。

この度、里帰り出産のため熊本に帰ります。

先週の日曜日まで働いていたので、荷造りやら会いたい人と会うことに毎日分刻みのスケジュールでしたが、遂に全ての作業が終わりました。

これから1時間ばかり鳥を見に行ってきます!
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by kusanohiromi | 2013-02-12 11:09 | 家族