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3月31日のライブ

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3月31日の真昼の月夜の太陽でのライブ。

満員御礼で楽しい夜でしたぁ~~~!

アンケートもいっぱい返って来て、本当にお客さんの温かさにこちらこそ元気付けられたそんな夜でした。

出演者が
・溝田志穂
・谷口深雪
・クサノヒロミ
・皐月
と、何度も顔を合わせているメンバーだったので、終了後も終電ギリギリまで打ちあがり(ブッキングライブなのに打ち上げで終電ギリギリまで飲むなんて珍しい!)それぞれが楽しかったんだと感じさせるライブで、みんな余韻に浸って飲んでましたー(笑)。

最後は皐月ちゃんのステージに完全に魅了され、感動しましたー!
素晴らしかった!

私は新曲2曲とリニューアル曲1曲を持ってきたのでセットリストもガラっと変わり、ちょっとドキドキするライブでしたが(汗)、次はもっと曲が成長しているでしょう。

セットリストは
1、宝箱
2、引力
3、与える人
4、ワクワク(仮タイトル)
5、タイトル未定
6、ステップラタタ

こんな感じでしたー。

次回ライブは4月12日(火)。
この日は仕事帰りに歌いに行きますのでリハーサルなしです。頑張ります。

e0122770_1538379.jpg志穂ちゃんとツーショット。
志穂ちゃんってなんでこんなに透明なんだろう~~~☆

美しぃぃぃぃ~。

それでは、またお会いしましょうーーー!
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by kusanohiromi | 2011-03-31 15:30 | ライブ・音楽  

3月31日(木)ライブ詳細♪

明日、ひっさしぶりのライブだよー

2ヶ月ぶりだよー!
あ、うそ、そんなには経ってない。

こんなときですが、こんなときだから、気負わずに「いつも通り」を続けたいと思います。


停電になれば生声で歌います。(新宿だからならないと思うけど電気使えない状況になっても)

良かったら私に会いに来て下さい♪


3月31日(木)
@東新宿 真昼の月夜の太陽
「星空のメロディー」
open18:30 start19:00 ticket¥2000(ドリンク別)
出演:溝田志穂、谷口深雪、クサノヒロミ、皐月
私は20時20分くらいからです。
新曲も歌う予定です!
(何曲新曲やるかまだ迷ってまーす!)

出演者もみんな素晴らしいですっっっ!

小さな空間ですが、勇気付けあえたら嬉しいです。

個々の告知はしていません。
これを見た方で来れそうなかたお待ちしています。



クサノヒロミ
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by kusanohiromi | 2011-03-30 19:48 | ライブ・音楽  

文字とことば

日々、ツイッターやブログ、歌の歌詞など「書く」作業をしていて思う。

文字の力。恐ろしさ。

書くことに恐怖を感じることもある。
ことばが活字になるときの影響力。

実生活での「つぶやき」というものは、隣の人に聞こえるか聞こえないか、だ。

ツイッター上での「つぶやき」は、(既に色んなところで物議を醸しだしているが)自分では制御できないくらい多くの人の目に晒され一人歩きをすることもある。

私のあるつぶやきがたくさんの人にリツイートされていた。
それぞれフォロワーが100人いたとしたら、それだけで軽く1000人を超える。

「宣誓」にもなれば「宣言」にもなる。
「ナイフ」にもなれば「救い」にもなる。

あくまで「つぶやき」だから、と文字通り私的なことをつぶやくスタンスの人もいるけれど、このツールは便利でいて恐ろしい。

ある人もこうつぶやいていた。
何気なくつぶやいた言葉が何十人にもリツイートされてしまった。
「私のつぶやきが大変なことになってる。ツイッター怖い。」

ブログを書くときも、いつも悩む。

この言葉で大丈夫だろうか、この言い回しは適切だろうか。

だけどふと「自分の自由な感想だから」という考えが頭をもたげた瞬間、アッと言う間に言葉は配慮に欠け我儘なものに変わってしまう。私の話だ。

昨日のブログ、早速修正した。

とても興奮して書いた。
いや、書いているうちに思い出して興奮してしまった。

きっと読んでいて不快感を覚えた人もいるだろう。

いつも、文章を書くときはそうやって恐れている。
それでいて、伝えたい。
ややこしい話だ。

本来ブログもツイッターも歌の歌詞も、ことばを活字にするにはそれだけの覚悟が必要だ。
覚悟を持ちたい。
姿を隠して言える投げっぱなしの言葉なんて、覚悟がない。
文字の恐ろしさを知らずに扱っているからネット上は事故ばかりだ。

自分の信じる言葉を、ぶれずに真っ直ぐに響かせたい。

まだ未熟で危なっかしい部分もあるけれど、言葉と文字に恐れを抱き大切に扱っていきたいと思う。
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by kusanohiromi | 2011-03-26 23:59  

電車内での出来事。

ツイッターでもつぶやきましたが、昨夜ちょっとした事件がありました。

旦那と旦那のバンド「エアロノーツ」と飲んでその帰りの満員電車の中で。

旦那と話していると、隣のおじさんが明らかにこっちに舌打ちをチッとして「・・・・・!」と何か言いました。

ん?

満員電車で距離が近かったので特に大声なんて出してなく普通に話していたし、内容も「おもちぱいがなくなったからプリンを買って帰ろう。」という他愛のない話でした。

続いておじさんがこう言いました。

「関東人はナーバスになってるんだよ。西の人間は西に帰れよ。」

は?

関東人はナーバス?

なんで?まさか地震とか言う?だとしたら二つ違和感がある。
関東人だけでなく少なからずみんなナーバスだし、ナーバスは振りかざすものじゃない気がするからだ。

ものすごぉぉぉぉーーーーくカチンときたけど、よっしゃ聞いてやろうじゃないと思いおじさんに尋ねた。
「なんでですか?」

そうすると地震のせいだと言う。ほお。

「西の人は西に帰ればいいじゃない。東京の人は逃げたくても逃げられないんだ。」
なんでそんなことを言うのだろう。なんで逃げる必要があるのだろう。もっともっと原発に近い地域の人だってたくさんいて頑張っているのに。
しかし本当にナーバスになっているのなら可哀想かもしれないと思い優しく冷静に語りかける。

「おじさんはずっと関東に住んでるんですか?それでここ以外にどこにも帰る場所がないからですか?」

おじさん「そう。ずっと関東にいるから。違うんだよ。西の人とは。感覚が。」
と、西のガサツで鈍感な心ではなく東京人は繊細だと言う意味を思いっきり含んで言った。

ああ、一番嫌いなタイプだ。

「おもしろい意見ですね。私の周りには全くない珍しい意見なんでもっと聞かせてもらえますか?なんで関東人と西を分けるんですか?私も東京に住んでるんですけど何が違うんですか?」

するとおじさん。
「関東人の地震に対する考えと、西の人の地震に対する考え。違うの。」

私「何が違うんですか?」

おじさん「どこか他人事。楽観的。」

私「他人事だと思った日なんて一日もないですけど。それに関西人は阪神大震災も経験しているからむしろ地震には敏感だと思いますけど。」

おじさん「違うんだよ。あれとは規模がまぁ~ったく違うじゃないか!関東の人とね、西の人の地震はニュアンスが違うんだよ。分かった?」

「ぜんっぜん分からん!」

おじさん「分からんやつに話してもしょうがないわ。」(鼻でバカにした哂い)

私「私たちだって西から来たけどこっちに住んでこっちで働いてこっちで暮らしています。何が違うか全く分かりません。おじさんはいったい、私たちの何が癇に障ったんですか?」

要はおじさん、関西人に偏見を持っている。
関西人が嫌いなだけなのだ。
だから電車の中で関西弁で話していると耳障りだったのだ。

だったらここで「地震」なんて持ち出さずに「うるさいな!」と言われた方がよっぽどよかった。
そしたらもっとスッキリできた。

話せば話すほどおじさんの主張は全く筋が通っておらず、意味不明。
真剣に耳を傾けた私がバカだった。

「地震でナーバス」とかは後付けだ。
そこに「地震」を持ち出す方がよっぽど他人事じゃないかと思う。

実際東京はほとんどの部分で大きな被災は免れた。
もちろん亡くなった方もいるし一部建物が崩れたところもあったが、このことも亡くなられた方、そのご家族が身近にいることを忘れないようにしている。

それでも、働ける職場があって働ける元気な体があるものは、ナーバスになったなんて言わずに働いて日本を元気にすればいいじゃないか。
いやそりゃ私だって震災直後はナーバスになったよ。
毎晩悪夢を見続けて眠りが浅くなってるよ。だからみんな同じなんだよ。

最後はおじさん、最初の勢いはどこへやら「西の人は西で元気に経済活動をすればそれでいいの。だから西の人に頑張ってもらって・・・。もごもごもごもご。」と話をすり替えた。

東だって頑張ればいいじゃないかっ!

私は地震後一度も「西よ頑張ってくれ」って丸投げしたことはない!

おじさんはまるで東京が被災したような口ぶりで勝手にナーバスになったフリしているように見えた。

それこそが元気がなくなる原因ではないか。

私は今度会ったら是非続きを話したい。

「おじさん!地震のせいにすんな!言い訳すんな!」

電車の周りの人たちも「あれはないなー。人それぞれだろうがー。」などと言って味方してくれた。

一日置いて書いたけど、やっぱり書いていると興奮してくる。
汚い言葉があったらごめんなさい。明日にはまた修正するかも。

ま、私の心を大きく揺さぶる大事件だったのでしたー!

負けないもーんっっっ!
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by kusanohiromi | 2011-03-25 02:11  

バードウォッチング

我が家は計画停電既に5回も実施済。

昼間の停電は明るいから色々できる。

停電中外へバードウォッチングへ行きました。

と言っても、家のベランダの前を流れる川ですが。

地震後ジョギングもしていなかったので久しぶりの川辺です。

川鵜や鴨の親子を眺めながら私はあの子を待っていました。

そう、カワセミです。

待つこと20分。


・・・・・!
きたーーーーーーーーっっっ!

分かるかな?目の前5メートル先の木にとまってくれました。
e0122770_283371.jpge0122770_285069.jpg青くてかわいくてとってもキレイでした。

いつもこの木の付近を飛んでいて、羽を広げて飛ぶ姿はハッと息を飲むほど美しいです。

癒される~~~~。

バードウォッチング、楽しいぃぃぃぃぃ~~~~~!
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by kusanohiromi | 2011-03-18 01:54 | 趣味  

イタリア人の友達も

イタリア人の歌手の友達が、日本公演のために来日したのが9日。

地震が11日にあって公演は中止。

17日に帰国してしまった。

今回の公演はもう3年も前から決まっていた。

2008年に私がイタリアへ留学しているときから、「2011年には日本に歌いに行くから会おうね~。」なんて話していたのに。

チケットも1枚3万円くらいするのに、一度も公演をすることなく帰って行った。

払い戻しするのかな。
どうなるのかな。
色んなところに影響があるんだね。
色んなことが想定外。

それに仲良しのイタリア人の友達も一時帰国してしまった。
もちろん日本に残っている友達もいるけれど。

原発が落ち着いたら帰って来てね~!
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by kusanohiromi | 2011-03-17 01:08 | イタリア  

子どもの不安

震災で何もなくなった町。

あれほどの衝撃と無力さはないだろう。

実際に被災をしていなくとも、今回の大地震は多くの人の心に強い不安や悲しみをもたらしたと思う。

そんな中、映し出される避難所の子どもたちの姿。

子どもたちの笑い声。
遊んでいる姿。

あ~、希望だな。
希望のひかりだな。

子どもは希望だと思う。未来だと思う。


しかしながら・・・。


笑っている子どもも心に大きな傷を負っている。

頑張っている。
耐えている。
強いストレスを抱えている。

とても心配だ。


私が小学校低学年のころ、こんなことがあった。
学校の授業で「戦争」について初めて教わったときのこと。

戦争というものは人が人を殺すんだって。
お父さんもお母さんも殺されるんだって。
子どもも死んじゃうんだって。
大人はそれを守れないんだって。
人が人を殺しても誰も止められないんだって。

それを初めて知ったとき、私はとてつもない不安感に襲われた。

「お父さんもお母さんも殺される!?」

小学校低学年の私は、それまで両親が世の中で一番強いと思っていた。
大人というのは強くて正義だと思っていた。
何か恐ろしいことが起こっても、お父さんとお母さんが守ってくれると思っていた。

それなのにお父さんとお母さんが殺される?子どもが殺されても止められない?それどころか人が人を殺すことなんて悪いことに決まっているのに大人にも止められないってどういうことだろう?

「大人にもかなわないものがある」。そのことが一番恐ろしかった。


その日のことは、もう20年以上経った今でも時々思い出すことがある。

そんな恐ろしいことが本当にあったのか早く確かめたくて急いで帰った。

ドアを開けるといつも通り優しいお母さんが優しい声色で「お帰り」と迎えてくれた。

私はお母さんを見ると泣き出してすがりついた。

それからはもう嗚咽が止まらなかった。
一人恐怖に耐えて帰ってきたのだが、母の声を聞くと安心したのもあるし、戦争になったら優しいお母さんが殺されてしまうということが悲しくて仕方がなかった。

あたりはすっかり日が沈み、真っ暗になるまでいつまでも母の膝に座ってワンワン泣いた。
「お母さんも死んじゃうの?お父さんも死んじゃうの?」と泣きじゃくった。
何時間も。

母は私を膝に抱えたまま、部屋の明かりすら点けることも夕飯の支度をすることもできず、ただただ私の繰り返す質問に答えてくれた。

「大人さえ力が及ばない」というのを目の当たりにする子どもは、見た目以上にダメージを受けていると思う。

しかも両親を亡くした子どももいる。

周りにしっかり抱いてやれる大人はいるだろうか。

希望のひかりをしっかり守ってやりたいと思うのだが、どうすればいいのだろうか。

子どもの心を周りの大人がしっかり見てやって欲しいと思う。
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by kusanohiromi | 2011-03-16 00:30  

外食のすゝめ

熊本で暮らす兄から電話があった。

うちの兄は、某食品会社のサラリーマンだったのだが、日本の食糧自給率の低さや、食の安全性に疑問を抱き、脱サラして自ら百姓になった。

熊本で無農薬有機野菜や米などの栽培をしている。
ニワトリも育て、たまごやはちみつなども自分のところで採っている。

兄は、汐留と四谷の自然食レストランに野菜を卸している。

そのレストランから兄に電話があり、「東京は計画停電や買い占め問題でお客さんが全く入らず営業ができない。この状態が数週間続けば店を閉じなければならないことだってあるかもしれない。」と言われたのだそう。

そうなると、熊本の兄の収入まで減ってしまう。
兄だけではない。
九州の農家から東京へ出荷しているものは少なくない。

西で支えなければならない経済が、西まで衰退してしまう。

ちょうど同じ日に、イタリアンレストラン「ピッツァサルバトーレクオモ」でコックをやっている友達からもメールが来た。

「スーパーには食糧が全く並んでないのに、店の食材は余りまくってどんどん傷んでいってるよ。ピッツァの生地は100枚くらい捨てたよ。やってられない。」

確かに毎日続く余震で不安なのも分かる。
電車だっていつ止まるか分からない。
止まってしまったらまたあの日の夜のようになってしまうかもしれない。

でも、バランスが大事だ。

私たちは一つのいかだの上にみんなで乗っているようなものだ。

一つの情報でみんなが一気にわーっと片方に走って行くと、バランスを崩していかだは沈んでしまう。

一つの情報で極端に行動するのではなく、冷静に客観的に判断しよう。

経済が滞ってしまえば復興だって進まない。

気付けば美味しいお店が軒並み閉店になっていたら悲しいよ。

小さい子供がいるうちは難しいけど、できる人は外食をしよう。
無理のない範囲で協力しよう。

自分たちの日本を元気にするために。

被災者のみなさん、ご家族のみなさんに心からエールを送りたい。
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by kusanohiromi | 2011-03-15 12:46  

食あたり騒動

今、3月24日に14日のブログを書いています。
毎日ニュースを見ていると、なんと書いていいのやら言葉が出てこなくて、色々考えているうちに時間が過ぎてしまいました。

テレビの前で泣いているのに、被災している避難所の人たちが笑顔を見せているとはなんということか。
私は私のことをやらねばならんのだ、とハッとさせられる。

相変わらず東京では、買い占めなどの問題が浮かび上がっています。
(3月24日現在さらに水が放射線に汚染されているので乳児に飲ませないようにという発表があったので追い打ちがかかっています)

地震の夜、私にできることはないかと早速節電し始め、1週間ばかりはパソコンの使用も控えていました。
迎えた翌日、スーパーは大混雑。
人々がカートに2段にカゴを置き、必死の形相で詰め込んでいる姿を見ました。
我こそは、と。

棚はみるみるガランとしていきましたが、なんだかそれを見ているうちに悲しくなって、私はほとんど何も買わずに帰りました。

「家にあるもので過ごそう。」

それから2日間、無駄買いをせずに家にあるもので過ごしました。
家の冷蔵庫もだんだんガランとしてきましたが、「いける!」と確信していました。
スーパーで買い占めする人を見たくないというのもありました。

朝はパンな私ですが、パンが売り切れだったのでホットケーキを焼き、バナナを添えてチョコレートソースをかけて食べました。

「何にも買わなくたってこんなにカフェっぽく楽しく食事ができる!」

ところが、そのチョコレートソースが悪かった(のだと思う)。

賞味期限は2010年の3月。
1年前である。

夕方からなんとなくだるくなってきて、胃のあたりがムカムカしてくる。
でもまさか食あたりだなんて思っていないから、旦那に「なんだか横になりたい気分だから寝ていいーい?」と言って布団にもぐった。

それから数時間後。

猛烈な吐き気で目覚めてトイレへダッシュ。

夜の8時から朝方6時くらいまで続きました・・・。

38度の熱は出るは、全身が痛むは、水を飲んでも吐いてしまうは・・・。

節電節約が裏目に出る結果に。

仕事も休み、ふらふらで病院へ。
タクシーで行こうかと思ったら、ガソリンスタンドを目指す車で道は大渋滞。
いつもは10分で歩ける道を20分かけて歩きました。

せめてゼリーかヨーグルトでも買って帰りたかったけど、スーパーの入口へ並ぶ大行列を見て断念。
自動販売機でアクエリアスと、八百屋でリンゴを1個買って帰りました。

布団の中で寝ていて一番思ったことは。

病気はキツイ。
でも私は家もある。自分の布団でぬくぬくと体を休めることができる。
避難所で病気になった人、あるいは病気なのに被災した人は、ゆっくり安心して体を休める場所がないことがどんなに辛いだろう。
どんなに不安だろう。

ただただ祈るしかできない自分。

被災していない人間は、健康であることも果たすべき義務だと思った。

反省。
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by kusanohiromi | 2011-03-14 12:15  

あの日

いつまでも地震のせいにして落ち込んでいられないのでブログを再開します。

あの日、地震の日、私は新宿のショールームで仕事をしていた。

よくある小さな揺れがあり「あ、地震だ。」と言っていた。
いつもならそれで終わり。

ところがその日は違った。
揺れはおさまるどころか次第に大きくなり、立っているのもやっとの状態になった。
東京でこんな揺れは初めてで、一瞬「あ、この天井崩れるかも」と頭を過ったほどだった。

けっこう長く揺れていた。

すぐにネットを見て震源地が東北ということを知りゾッとした。
壊滅的被害を受けていることはコンマ数秒で理解した。
まさか、それが津波によるものであるとは思いもしなかったが。

私の会社の東京支社&ショールームがあるところは、新宿西口エリアの超高層ビルが立ち並ぶあの辺りで、地震後数分経っても高層ビルは揺れ続け、その辺のビルで働く人たちはヘルメットをかぶって避難していた。

帰りの交通は全て遮断され、テレビの予言番組で言われた「帰宅難民」が、本当に東京の都市部に溢れ出した。

支社長の指示で、営業マンの車で相乗りして送ってもらうことになったのだが、車は大渋滞。
信号一つに30分~1時間かかり、いつも30分で帰宅している道のりを7時間かけて帰った。

途中、どうしてもトイレに行きたくなり車を降りた。
甲州街道沿い。昔は旦那のバイクの後ろに乗って走った道。
今は徒歩で帰宅するものすごい人の帯と自転車。こんな光景を見ることになるとは。

コンビニのトイレは大行列。

と、そこに。

旦那の仲良しのミュージシャン仲間が経営し、旦那が大好きなラーメン屋「誠屋」が。

なんだかものすごくホッとした暖かい気持ちになり、コンビニの行列を避けてシャッターの半分締まっている誠屋に入ってみた。

宮田さん(知り合いで店長)はいなかったのだが、「トイレ貸してください」と言うと「どうぞ!どうぞ!」と快く貸してくれた。

ものすごくホッとした。

そして少し話すと、その従業員の方は私の旦那のことも良く知っていて「池ぽん友達だよ!まきちゃんも!エアロノーツも!みんな友達だよ!なんだ、池ぽんの嫁なの!?」と言ってくれた。

こんな非常事態の中、旦那や友人のことを知っている人に会えただけでなんとホッとしたことか。

地震後比較的すぐに宮城の友達(赤ちゃんを抱えている)に連絡を取って、無事が確認できたことは良かった。
その後は電話はもちろんメールもつながりづらかった。

旦那は、新宿から聖蹟桜ヶ丘まで徒歩で帰宅した。
これまた7時間かけて。

帰宅してテレビの前にはり付き、まだ少ない情報にかじりついた。
眠れぬ夜を迎えた。

それがあの日の出来事。

そしてあの日のあの数分を境に、生活が一変してしまった人たちがいる。
夢であったら、とどれだけ思うだろう。
思えど現実。立ち向かうしかない。

家もある、衣服もある、家族もある。
私にできることはなにか?

これから必死で考え、実行し、信じていきたいと思う。
直接地震に関係のないこともブログに書くかもしれないが、日本の全国にいる私の知人や全ての人、海外にいる私の友達に、伝え、そして勇気を与えることができたら!

良い気を広めたり、考えるきっかけになれたら!と思って書きます。

よろしくお願いします。
みんなで一緒に頑張ろう!!!
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by kusanohiromi | 2011-03-11 09:18