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名前のはなし

e0122770_15491886.jpg5月になりました。
1年の3分の1が過ぎたのね。

息子は生後1ヶ月半となり、ようやく名前も呼び慣れて参りました。

生まれる前から考えていた「寛太(カンタ)」という名前。

彼がこれから生涯付き合っていく名前。

かと言って親として初めて呼ぶときはなんとぎこちないことか。
最初は慣れませんでした。

まだ見ぬお腹の子に「寛太」と語りかけてもなんだかピンとこず。
特に出産のクライマックスのときにそれは顕著にあらわれた。

必死でいきみつつお腹の子に「こうだ…違っ、ゆう…違っ、ししまる…違っ、寛太~、出ておいで~。」
※こうだい→兄の子(甥)
※ゆうと→弟の子(甥)
※ししまる→ペット(犬)

次のいきみでも
「こう…違っ、しし…違っ、ゆう…違っ、えーっと、寛太ぁ~、出ておいで~。」

でも最近はようやく間違わずに一発で「寛太ぁ♪」と話しかけられます。

名前を考えるのも紆余曲折ありました。
一生もんですからね。
犬やヒョウモントカゲモドキのように気軽に「ししまる」や「トロッポちゃん」なんて付けられません。
(あ、でもキラキラネームをネットで調べたらそんな名前たくさんあってびっくり!!!)

でも、昔の人ってなんて名前の付け方が単純明快!?というか斬新というか。

一郎、次郎、三郎・・・って番号じゃないですか。
トメさんとかシメさんは「これで最後」って意味らしいですね(笑)。
まぁ大胆!
昨日の息子。ほっぺがぷっくりしてきました。
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最近はよく顔を見つめて笑ったりお話しますよ。
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あー幸せ!
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by kusanohiromi | 2013-05-01 15:51 | 家族  

出産日記をUPしました

出産日記を書きました。

30時間と39分のことを書きました。

ちょっと長いけど、自分が忘れないために書きました。

長かったけど、一瞬一瞬を鮮明に記憶しています。

イメージと違ったり、不安に陥って嗚咽して泣いたり、痛みが辛すぎて痙攣を起こしたり・・・。

大変だったけど素晴らしい時間でした。

息子と会うための旅でした。

良かったら読んでください。
→ 出産日記~30時間と39分の果てに~
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by kusanohiromi | 2013-04-12 17:57 | 家族  

出産日記~30時間と39分の果てに~

※注! 生々しい表現があります!
きっと忘れてしまうだろうから。あの痛みのことは忘れてしまうだろうから。

でも忘れたくないドラマ。忘れないためにここに書こう。

3/12(火)。新月でなおかつ大潮の晩。
「潮の満ち引きで今夜あたり陣痛くるだろうね~。」なんて話していたら案の定。
“おしるし”(卵膜が擦れておこる出血)があり、お腹の張りが強く押し寄せてくるようになった。
(あ、ちなみに予定日は3/17でした。)

いよいよだ。
赤ちゃんが出てこようとしている。

私はリラックスしてその時を迎えようと、大好きなバードウォッチングの映画『ビッグ・ボーイズ』を観て余裕をぶっこいていた。

夜中2時過ぎにお腹の張りは10分間隔になり産院へ電話。
陣痛には違いないが4時まで様子をみましょうと言われ自宅待機。

しかし4時を待たずして陣痛は5~6分間隔に。

両親を起こし、これから始まる戦いに備え腹ごしらえをして産院へ向かった。
その頃にはもう僅かな車の振動さえ堪えるほどの痛みになっていた。

「旦那、間に合うかな?」

私は立会出産の予定だった東京にいる旦那が間に合うかを心配していた。
そんなの心配ご無用の長時間出産になるのだが・・・。

救急用の出入口から入りナースステーションに着くと看護師さんが待っていた。
やっと歩いている私を見てもう一人の看護師さんに向かって「もう少ししたら歩けなくなるから車椅子用意しといて~。」と言った。

   (そうなんだ。
    そんなに痛くなるんだ。)

まだマックスの痛みの想像がつかない。

まず分娩室へ入り子宮口の開きを確認。
私は超安産だった職場の先輩にもらった『絶対安産のコツ』というブックレットをお守りのように持ち歩き熟読していたので「ふふ~ん。陣痛が5~6分間隔ならもう4~5センチは開いてるやろな~。」なんて思っていた。

が、子宮口はたったの1.5センチしか開いてなかったのである!!!

え~~~っっ!

こんなに痛いのにまだ1.5センチという驚愕の事実にかなりガックリきてしまった。

ちなみに子宮口は10cmで全開大。
全開にならないと赤ちゃんの頭は出ない。

もうね、ほんとね、どんな情報もみんなの武勇伝もどれも当てはまらない。
出産は10人いたら10通り。同じようにはいかないものだということを痛感した。

分娩台を下ろされて“陣痛室”へ移動することに。
その時に助産師さんが「まだこれの何十倍の痛みがきますからね~。」と言った。

 (な、なっ、何十倍っ!そっ、そりゃそうですよね~。なはは・・・。)

覚悟を決めた。

っと、覚悟を決めたのも束の間。
陣痛室へ向かう途中、隣の分娩室から断末魔の悲鳴というか泣き声というかもう聞くに耐えない叫び声が聴こえてきた。
人がこんなにも苦しんでいる声を初めて耳にした。

 (えっ!あんなに苦しんだらあの人死んじゃうんじゃないの?)

素直に抱いた感想である。
恐怖・・・。

一人陣痛室で痛みと戦う。

ちなみに、男性の方はご存知ないかもしれないので簡単に説明すると、陣痛というのはずーっと痛いのではなく、60秒ほどしか痛みは続かない。
但し、陣痛と陣痛の間隔がどんどん短くなり痛みもどんどん増す。
10分間隔で20秒~30秒痛かったのが、最後には1分間隔で60秒間超絶痛い、という具合だ。
痛みが来るたび私はマッターホルン登頂を目指している気持ちで耐えた。

旦那が家を出たか、飛行機に間に合ったか、飛行機が到着したか・・・。
痛みと必死で戦いながら時計の数字がはやく進めと念じた。

看護師さんが旦那を連れて来てくれたときはホッとした。

結局朝になっても生まれなかった。
母は私達兄弟3人を分娩台に上がって10分とか、陣痛が始まって4時間で生むという超安産だったので、自分もてっきり“超スピード出産”だと思い込んでいた。

3/13の午前中に看護師さんが「促進剤を使いましょう」と説明にきた。
但し、「薬が効きすぎて子宮破裂の恐れがある」ということと、「赤ちゃんが重度障害を担う恐れがある」ということを了承しなければならなかった。

怖くなった私は「自然でいきます!」と断った。

だが、戦いは長かった。
食事が運ばれてきたけど激しい痛みでほとんど口にできず。

痛みがやってくるたびに、痛みを逃そうとものすごい力でそのへんにあるテーブルなどをぎゅぅぅぅぅっと掴むのでだんだん筋肉が強ばってくる。

気付くと旦那が私のベッドで寝ていた(笑)!

おいおいっ!

陣痛は一旦3分間隔まで縮まったのだが、その後また5分間隔に戻り、8分間隔にまでなってしまった。そしてまた5分間隔に。

ご、拷問だぁ~!!!!

「降参!」「ストップ!」「タイム!」「たんま!」と叫んでみても、絶対に止めることができない。
生まれるまでずっと痛み続けるのである!なんと言うことっ!

拷問は(笑)夜になっても続いた。

排泄や、歩いたりすると陣痛が促進されるので水分を摂ってトイレに立つのだがこれがもう辛い!立ち上がった瞬間陣痛がツーンっと一気に強まる。
動けない。ものすごい痛み。でもこれでお産が進むなら・・・。

しかしこのことが私をどんどん恐怖に陥れた。
昼過ぎに正面の陣痛室から分娩室へ移動した妊婦さんがいたのだが、トイレへ行くたびに分娩室からの辛い辛い悲鳴が、5時間でも7時間でも続いていることを知ってしまったからである。
・・・まぁ結果、私も分娩台に上がってから7時間かかるんだけどね。

(分娩室は痛みがマックスでいくところではないのか?
マックスの痛みがそんなに続くの?今でもこんなに痛いのに?耐えられる?)

私は反省した。
新曲『ようこそ世界へ』の歌詞で「勇気出してこっちおいで」と書いたのだが、勇気がないのは自分やんか!
赤ちゃんは勇気を出してこようとしているのに、私は陣痛がこれ以上進むことにものすごく恐怖を抱いている。
このまま遠のいてもう一回平穏気ままな妊婦生活に戻りたい(笑)。←絶対不可能である。

ああ恥ずかしい。

陣痛が5分間隔のまま、19時間が経過した。

(ビビっていてはダメだ。陣痛を進めよう。
そうだ、新生児室に赤ちゃんを見に行こう。)
立ち上がるのもやっとだけど、旦那に全力でしがみついて新生児室までヨロヨロと向かった。

そこには生まれたての赤ちゃんがホワホワと並んでいた。

その赤ちゃんの姿を見た瞬間。忘れもしない。
「みんなこんな大変な思いをして、その果てに生まれてきたんだ!」と思うと、涙がドバーっと溢れ出した。

そしてそれとともにふと、私はちゃんとこんな赤ちゃんを生めるんだろうか?と不安になった。
もしかしてこんなに長時間生まれないってことは、赤ちゃんが死んじゃうかもしれない。
いや、私の方が力尽きて死んでしまうかもしれない。

感極まったのと不安とでごっちゃになり、新生児室の前で人目もはばからず嗚咽して泣いてしまった。

ほんと、「勇気出してこっちおいで」だなんて、お母さん(私)ってアホやな~、愚かやなぁ~っ、とお腹の赤ちゃんに自分の傲慢さを詫びた。

嗚咽して泣く私を、私よりずっと年下だろう助産師さんが抱きしめて摩ってくれた。
で、追い打ちをかけるように「あの~、付き添いの方はもう面会時間終わりなのでごめんなさい。」(笑)!

追い出される旦那。消灯される部屋。
嗚咽しながら陣痛を耐え続けている嫁を置いて、名残惜しそうに旦那は帰っていった。

出産に間に合うかどうかなんて心配はご無用だった。逆に帰されてるやんか(苦笑)。

それからも私の戦いは続いた。

暗闇の中、テニスボールに座り(経験者は分かるよね。)耐えた。
痛みがくるたびに体に力が入るので、途中で痙攣を起こしてしまった。

ガタガタ震えてどうしようもなくなっているところへ助産師さんが駆け込んできて「過呼吸起こしてますね?」とまた摩ってくれた。

呼吸を合わせてくれて、やっと痙攣は治まったけど、ああなんて辛いんだ!
陣痛が楽しみなんてつぶやいていた私、ほんまアホやぁ~!

しかしながら、陣痛の合間に見るTwitterでのみんなからの励ましに、心から勇気付けられた!!!
返信こそ出来なかったけど、Twitterはずっとチェックしていた。
Twitterを始めてから、こんなにやって良かったと思ったのは初めてだ。
どれだけ心強かったことか!

さて。
陣痛開始から24時間経ったくらいで、やっと助産師さんが二度目の子宮口の確認に来てくれた。
分娩室へ移動し、確認したところ7センチ開大!

「このまま分娩室へいましょうね。」

この言葉がどれだけ嬉しかったことか!
光が見えた。ゴールのテープが見えた。マッターホルンの頂上が見えた。
私も赤ちゃんも死なないですむ!
大げさだけど(笑)本当にそんな気がした。

いよいよラストスパートなのね。

ここからの私は強かった。

例の「ソフロロジー分娩」を実践。
いや、それどころか呼吸でいきみ逃しをするどころか(ソフロロジーでは長く細く吐く息に集中)、私は早く子宮口が開いて欲しかったので“痛みを全部受け入れる”ことにした。

やってくる陣痛を、“完全なる自然呼吸”で受け流すことにしたのだ。
そして「赤ちゃん、あなたに任せます。この痛みで子宮口を開いて!」とお願いした。
さっきまで陣痛の度に力が入っていたのが嘘のよう。

呼び出された旦那が着いた。2度目の朝だ。

ところでこの“自然呼吸法”はものすごい集中力が必要。
だってものすごい痛みに襲われているので、身体が自己防衛で力が入るのが普通である。
そこを無音の自然呼吸でやり過ごすには、蚊の肛門に糸を通す程の集中力がいるのだ。(すごい表現やな、(笑)。)
この集中力があれば東大にでも入れたかもしれない。

というわけで、助産師さんが来て声をかけてきたり旦那が入ってきたりすると、集中力が途切れてたちまち体に力が入り呼吸も一気に乱れ辛くなるのである。

そこで旦那には申し訳ないけど、入室した瞬間。
「視界に入らないで。」と言った。

冷たく思うだろうけど、それほど辛かった。
旦那は「はい。」と言って、視界に入らないところで気配を消してくれた。
「水。」と言ったときだけ水をくれて助かった!ナイスアシスト!

助産師さんの「うまくいけば6時か7時には~。」という言葉に光を見出し私は時計を睨みつけて陣痛をやり過ごした。
助産師さんたちは私がうんもすんも言わず静かにしているので「上手ですよ~っ!とっても上手です!」と褒めちぎってくれた。

「さ、いきんでいいですよ~。」

これもまた神様の声に聞こえた。

 (ああ!もういきんでいいんだ!ラストスパートだ!赤ちゃんに会うためのいきみだ!)

私は今までに出したこともない力を出した。
全身の力を振り絞った。
二日間痛みに耐え抜いて食事もまともにしていないのに、どこにこんな力が残っていたのだろう?

いや、これはもう宇宙のエネルギーを借りているのだ。
私の力を超えている。

先にも書いた、熟読していた『絶対安産のコツ』には、いきみはだいたい3回~10回くらいで生まれるとあったのに、私は何回いきんだか分からない。
2時間はいきみ続けた。30回いや40回、もっといきんだかも。

肛門が裏返って出てきて痔にならないように、看護師さんが押さえてくれている。
それだけ“いきみ”ってすごい力なんだ。

破水した。

嬉しかった。
いよいよだって勇気が出た。

陣痛の波がやってくるたびに、私は渾身の力を振り絞って赤ちゃんを出そうとした。

「髪の毛が見えてますよ~。」

色々イメージと違った。
助産師さんや先生がつきっきりで呼吸とか促してくれるのかと思ったら、出産ラッシュだったようでけっこう放ったらかしだった(笑)。
分娩台の上にはいるものの、まだセッティングしていない・・・。

ところが、クライマックスが近付いてくると助産師さんたちがサクサクと準備をし出した。
装備を身に付け、私もいよいよ分娩のポーズをとらされる。
今までは普通のベッドでいきんでいたのだが・・・。

最後、天井からウィーンとライトが出てきた。

「先生お願いします。」

やっと先生のお出ましである!もう来ないのかと思ったよ。

先生は会陰に麻酔をしてチョキンと切って「あと1回くらいいきんだら赤ちゃん出てきますよ。あ、3回くらいか。」と言った。

言うとおり3回目。
今までで一番激しい熱い痛みがイナズマみたいに身体を走った。
私は初めて「痛い・・・。」と声を出した。なんか破けた。

その瞬間。

「頭が出ましたーーーーっっっ!!!」と、先生と助産師さん。
熱い。痛すぎてすごく熱い。

そしてもういきまなくても「肩が出ましたよ~。はいもう片方の肩も出ました!」

ほんぎゃぁ~~~!

「生まれました~~~っっ!」

出た!出た!出た!やっと出たぁぁぁぁ~~~~!

マッターホルン登頂ですよーーーー!
やったーーーーーーー!!!!!
すごい達成感―――――――っっっ!!!


赤ちゃんは、へその緒を首に巻きつけていたのに元気に「ほんぎゃぁ~」と泣いた。
やっぱり赤ちゃんて泣くんだねぇ~。

朝9時18分。
分娩所要時間、30時間39分。
3018gの元気な男の子。

35年の人生で、一番頑張った。
一番しんどかった。
でも一番嬉しかった。
一番の達成感だった。
一番の喜びだった。
こんなに嬉しくて、心の底から幸せを感じたことは初めて。

忘れない、忘れたくない30時間。

で、例のソフロロジー分娩の結果ですが、30時間もかかったのに先生や助産師さんたちから「ソフロロジーのお手本DVD並みの出産だった!すごい!超安産!」と
褒めまくられた。
お手本DVDは本当に静かな出産で「これはエベレスト級なのでマネできないとは思いますが」って言われていたのに、私はそれに並ぶ静かなお産だった。

長時間が難産とは言わないらしい。
先生たちに言わせれば安産とのこと。へぇ~。安産とはとても思えなかったけど(笑)。

出産直後に、生まれたての息子を胸に乗せてもらってその温もりを感じた。
ぬめ~っと熱いくらい温かかった。

なんとも晴れ晴れした気持ち。
疲れているはずなのに興奮しておしゃべりが止まらない。

見上げた空は雲ひとつなく青く、飛行機が遠くに飛んでいるのが見えた。

眩しい。

ようこそ世界へ。

30時間と39分。
これも武勇伝の一つに、加えてもらえるだろうか。

読んでくださった方、どうもありがとうございました。
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by kusanohiromi | 2013-04-01 17:48 | 家族  

生まれました

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3月14日、ホワイトデーの朝9時18分に3018gの元気な男の子を出産しました。

分娩所要時間、30時間と39分。

本当に大変な壮絶な戦いでした。

想像を絶する痛みと苦しみを長時間味わいましたが、赤ちゃんが出てきてくれた瞬間は、人生最大の喜びと感動でした。

苦しみの果てに、素晴らしい幸せに包まれました。
これほどの達成感はありません。
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この子がお腹に入っていたんだね♪ ようこそ、世界へ。

名前は寛太(カンタ)と言います。

イタリア語で“歌う”「カンターレ」という意味に、寛大で懐の大きなあたたかい人になって欲しいという意味を込めて(こじつけて?)付けました。

まずはご報告のみとさせていただきます。

壮絶出産日記は、後日書きまーす(笑)!
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by kusanohiromi | 2013-03-20 17:48 | 家族  

生まれる直前ってこんな状態です

予定日まで一週間。

出産予定日というのは妊娠40週0日のことを言います。
37週0日より「正期産」と言って、もういつ生まれても大丈夫!お腹の赤ちゃんは外の世界に出ても問題なく生きていける!という時期になります。

それまでは「無理は禁物!」とか言われ続けた妊婦ですが、37週に入ると「しっかり歩きなさい。どんどん動きなさい。」と言われるようになります。

ところが。

赤ちゃんと羊水と胎盤だけでも約5kg。
2Lのペットボトル2本と500MLのペットボトル2本をお腹にぶら下げている状態。
もちろん体重も8kg~10kgくらいは増えています。

っとなると、恥骨は痛い、尾てい骨は痛い、股関節は痛い、膀胱は圧迫される、お腹は張る・・・という状態でもう歩くのすら大変な作業なんですね。
靴を脱ぐ時が私は「イテテテテッ」と苦しんでいます。

もう止まるんじゃない?っていうくらいのスピードしか出ません。
あんなに走り回っていた自分が嘘のようです。

お風呂上がりにパンツを履くこともかなり辛い。
もうこれは、『探偵ナイトスクープ』によく出ていた「人間パラダイス」の河本くんのように、“手を使わずにパンツを履く”という技を身に付けないといけません。
(分かる人は笑ってください。)

寝る前にトイレに3回行くけれど、夜中に3回~4回トイレに起きます。
胃は圧迫され食べれないし、心臓と肺も圧迫され動悸息切れが堪えない・・・。
それが出産直前の妊婦の状態です。人によってはもっと色んなことがあるようです。

そして陣痛はいつ始まるのか?

これはもう、神のみぞ知る。

マタニティ生活を送る上で、出産の流れや陣痛のエピソードなどはもちろん情報として入ってきますし、周りの経産婦さんが「私はこうだったよ~!」というそれぞれのそれはそれは恐ろしい(笑)武勇伝を語ってくれるので「陣痛」というものがどれほど痛いのか・・・という恐怖心も当然あります。

不思議なもので、話を聞いても聞いても陣痛のマックスの痛みって想像できないもんなんですよね。
同じ女性なのに。

ハンドグリップを握る手に血豆が出来てそれが潰れて手が血だらけだったことも気が付かなかった・・・とか、37時間かかったとか、22時間かかったとか、麻酔なしで会陰を(男性も読んでいるのに済みませんねぇ)ハサミでチョキン!っと切ったけどそんな痛みは感じなかったとか・・・。
胎盤が子宮内部に癒着して後産の方が大変だったとか・・・。
いやいやほんとみなさん、すごい武勇伝をお持ちです~っ!!!

い、一体どれだけ痛いんだぁ~~~!!!!

そこで、私が今回トライする出産方法は。

「ソフロロジー分娩」。

これは、陣痛を「赤ちゃんが生まれるのに必要なエネルギーと捉える」、
「赤ちゃんに会うためのママと赤ちゃんの初めての共同作業と前向きに捉える」という出産方法。

へ?
それだけ?

と思うよね。
私も思いました。

ただ、「痛い」「怖い」「嫌だ」とマイナスに構えていると、体が硬直し陣痛を長引かせたり、もっと痛く感じたりするのだそうです。
実は陣痛の痛みに個人差はないそうです!?(ほんとかなぁ・・・?)

ソフロロジーではひたすら「リラックス」のイメージトレーニングをします。

それが私がいつもTwitterで呟いている「安眠CD」ならぬ「安産CD」のことです。
聴くと必ず眠ってしまうほどのリラクゼーション。

レゲエのシンガーソングライターMINMIの出産方法が話題になっているけど、まさにそれが「ソフロロジー」なんだよね。MINMIは自分で発見したんだね。すごいです。
お母さん主体の「痛くて辛い出産」ではなく、「おいでおいで、ママは大丈夫だから頑張ろうね。」と赤ちゃんに想いを馳せる。

果たしてそれだけで安産になるのだろうか?

と、もちろん私も思っていますが、どうやらそれだけで陣痛を和らげるナンチャラ~とかいうホルモンがどんどん分泌されるらしいですよ~!

ということで、陣痛にビビッた私はその渦中に少しでも落ち着けるように先の新曲を書きました(笑)。

陣痛の渦中に歌えるかは分かりませんが(歌えるとは到底思ってはいませんが思い出す努力はできるかな)、自らを持って人体実験をしてきます。

ところで、MINMIの出産方法を「痛くない出産方法」と思ってる(言っている)方がいますが、それは間違ってます(爆)。
痛くないということは絶対にありえませんから~!!!

「ソフロロジー分娩」も痛くない訳ではないとはっきり言っています。

ただ、どこまで叫ばずに吠えずに産めるか・・・。

試してみます!!!

後日ご報告致しますので、お待ちください♪

ドキドキドキドキぃぃぃぃぃ~~~!!!!
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by kusanohiromi | 2013-03-10 22:51 | 家族  

体の中で人間が出来る「妊娠」という奇跡

この世の中にいる全ての人間は、奇跡である。

当たり前に暮らしているけれど、「生まれる」ということは実は当たり前のことではない。

妊娠を通して、自らなんとも不思議でドラマチックで奇跡的な体験をすることができた。

子どもが大好きで、保育科出身で「幼稚園教諭」と「保育士」の資格も持っている。
でも自分が子どもを生むことは「いつか」のことでしかなかった。

「いつかっていつ?」「今でしょ!」(ドヤ顔)
・・・っとふざけている場合ではない(笑)。

男性の精子は毎日作られるけど、女性の卵子は母親の胎内にいるときに一生分作られるので、どんなに見た目年齢を若く取り繕っても、卵子は実年齢なのだ。
女性の人生設計は難しい。仕事・・・音楽・・・まだ何も成し遂げていない・・・という思いが拭えなかった。


妊娠検査薬が陽性だったとき、正直に言うと「ヤッター!バンザーイ!」という嬉しさだけではなかった。

戸惑い、不安。だけどやっぱりニヤついてもう一度陽性反応のラインを見て幸せな気分になったり。
う~ん、複雑。

ちょうどイタリア旅行の計画とバッティングしてしまっていたこともあり、「タイミングを失敗した!」とも思った。
私が「失敗」という言葉で表現したそのことで親友に大軽蔑され、泣きじゃくったこともあった。
私は模範的妊婦にはなれなかった。

「おめでとうございます。5週目です。」
産婦人科の先生のその言葉で色々吹っ切れた。ああそうか。お母さんになるのか。

モニターの画像には、赤ちゃんを包む袋「胎嚢」が映し出されていた。
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そこから生活は突然一片した。

とにかくビールが大好きで毎日ガブ飲みしていた私が、お酒を絶った。
酒を飲まずに真っ直ぐ家に帰る日々。
何ということ!!!

コーヒー、紅茶、お茶、コーラ、ウーロン茶、ココア・・・あらゆるものにカフェインが入っていることを知った。

8週目の検診で心臓がまっ先に出来て動いているのを見た感動は忘れない。

そしてつわり。

私は軽い方だったと思うが、コンビニの食材を全く受け付けなくなったし、我が家のニオイがダメになった。
仕事から帰宅して玄関のドアを開けたとたん「おえぇぇ。」っといつも涙目(笑)。

そしてイタリア旅行へ。
1週間、ほぼ食べられなかった。ジェラートとホテルの朝食くらい。
よく行ったしよく歩いたと思う。安定期にも入っていないのに、一日2万歩以上歩いた。
やりすぎました、はい。

そして帰りに成田で初めて吐いた。あれはしんどかった!!!

イタリアから帰ってきてからの妊婦検診。
もしかして流産していたらどうしよう・・・。実は内心ものすごく不安だった。
でも赤ちゃんは元気で、なんと頭と胴体に手足が出来ていた!!!
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その手足がパタパタ、ピコピコと動いた瞬間、涙がポロポロこぼれちた。

心臓もトクトク動いている・・・。すごい・・・。妊娠12週のことである。

赤ちゃんは「胎児」になった。

妊娠16週(5ヵ月)に入ってようやく安定期に入る。
ここに来るまでが赤ちゃんにとって最も大事な時期。
体の各器官が出来る時期。

そして男の子と判明。
この頃はもうエコーで全部が映らないので部分部分、先生が丁寧に確認してくれる。
脳、背骨、心臓、肝臓、膀胱・・・。4D映像がコレ。
18週の様子。顔も出来てきたしへその緒もしっかりしてきた。
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へその緒に血液が通っているところを色で見せてくれる。
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赤ちゃんは検診へ行く度成長してくれた。
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11月末には指もちゃんと5本!

12月末にはお顔も確認できた。ムスっとした顔して寝てる(笑)。
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そして次は、産前ラストライブの翌日の映像。仕事は多忙を極め激務な上に、練習、バンドリハと、かなり無茶な生活をしていたけれど、しっかり育ってくれて1900gを超えていました。
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東京最後の検診。
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顔に脂肪がついて随分赤ちゃんらしく。

先生が真っ直ぐ目を見て「元気な赤ちゃん生むんだよ!」っと言ってくれたとき、また涙が出てしまった。

赤枝医院の相良先生。

私は世界一尊敬している。

7月に妊娠が分かってから9ヶ月。

最初は袋だったのが、今や2800gを越えた人間になっている。
私が意識しなくても、心臓が出来、脳が出来、手足が出来、内蔵が出来、骨が作られ・・・。
赤ちゃんは羊水を飲んでそれを腎臓でろ過し、おしっこをし、自分で羊水のお掃除をしている。
そんな赤ちゃんの凄技にも驚かされた。

赤ちゃんの成長を確認したくて次の検診が待ち遠しかった!
2週間や1ヶ月が流れるのがこんなに長く感じるものとは!

私の体もすっかり変化した。最終出勤日にはこんなお腹。
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お昼もままならず、座ることも出来ず、何時間も接客しっぱなしのしゃべりっぱなしの動きっぱなしのショールームの仕事。

赤ちゃん、ほんとよく付き合ってくれたなぁ~。

体内で人間を作っている妊婦ってやっぱり特別だ。
その特別な時間もあとちょっと。

人類はみな、女性から生まれる。
女性の体の神秘を、今更ながら改めて感じた。これはもう宇宙とつながっている。

さあ、あとちょっと。
世界が待ってるよ。

出ておいで。
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by kusanohiromi | 2013-03-08 23:49 | 家族  

実家には使途不明のものがたくさんある

里帰り出産のため、実家に帰ってきているのだが、まぁ実家には使途不明、意味不明のものがたくさんあることに驚く。

母は体が悪いこともあり、片付けられないのはしょうがないとして、かつては私も住んでいた実家にこんなにも不要なモノが溢れていようとは・・・。

まずコレ。
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なんかこんなんよく見かけるよね。
一体いつ誰からもらったんだか、あまりに景色に馴染みすぎて今まで気付かなかったほど、実家の空気に溶け込んでいた。

しかも、コレは飾られるでもなく離れ(母屋とウッドデッキでつながって離れがあって私はそこに滞在しています)の流し台の上に焼酎の瓶と紛れて置かれていた。

なぜ流し台?しかも横向きに置かれていた。

飾らないなら捨てればいいのに・・・。

次。
でっ、出たーーー!!!
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一家に一つは必ずある木彫りの熊っ!!!

で、やはりコレが置いてある場所はと言うと・・・。
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テレビの裏・・・(笑)。

こんなに陽の目を見ないんじゃ、やっぱり捨てればいいのに・・・と思わずにはいられない。

そして、お客様に出すお菓子が置いてある棚に・・・。
写真を載せることがはばかられる「タランチュラ」の剥製。
飾るでもなく、お菓子の箱の下敷きになっている「タランチュラ」・・・。
お菓子を食べようと箱を手に取ると、下から出てきて思い切り驚かせる「タランチュラ」・・・。

この家の住人は完全に麻痺しているようで、お菓子(食べ物)の下にタランチュラがあることも、その非日常的なグロテスクな姿にも、もはや何も感じないようである。

この「タランチュラ」は、日系ブラジル人の親戚が25年程前に日本へ遊びに来た時のお土産に持ってきてくれたもの。
直径15cmくらいはあるだろうか?
円形のガラスの中に、その剥製は閉じ込められている。

当時小学生だった、私、兄、弟は大興奮でかなり喜んだのは確かだ。

しかし、25年の月日が経つと、そのタランチュラは誰からも見向きもされず、押入れや棚の奥にそっとしまわれるわけでもなく、お菓子の棚の、お菓子の箱の下敷きという、なんともアンバランスで微妙な位置に放って置かれているのである。

う~ん。

捨てればいいのに・・・。

そしてそのタランチュラを懐かしく眺めているとふと目に入ってきたものが。

ハッ!こ、これは!
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私が7年前新婚旅行でイタリアのシチリアで両親へのお土産に買ってきた「リモンチェロ」ではないかっ!!!

「冷やして飲んでね。冷凍庫に入れてキンキンにすると美味しいよ。」と言って渡したと思うのだが、それは常に陽の当たるカーテンの近くに放置され、カッピカピに固まっていた。

やはり日本人の舌に馴染みのないものは買ってくるべきではないのだな、旅行先で楽しむべきものなのだな、ととっても勉強になった次第である。

そして母屋の2階の私の部屋へ行くと・・・。

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新品の長靴がいくつも並んでいる・・・。
(しかも一部です)

どうしたのかと尋ねると、北海道に住む親戚が長靴工場を営んでいたのだが、店を閉めることになったのでもったいないからと送ってくれたと言うのである。

しかもあなどるなかれ!普通の長靴ではない。雪国仕様なのだっっっ!!!!

ここは九州熊本だ。

「もったいない」「送ってあげよう」その気持ちは分からなくもないが、雪のつもらない熊本へ“使わない長靴”を送る方が長靴にしても送料にしても「もったいない」のでは?と疑問を抱かざるを得ない。

なぜ、断らなかったのか・・・と冷たい娘は思ってしまうのである。

しかし母親。

「でもね。こないだお父さんの知り合いの若い女の子たちが3人魚釣りにうちに泊まりに来てね。だったらこの長靴履いていけるじゃない!ってことになってこれから選んだのよ。」

ああ、だったら完全に無駄にはならなかったのかしら。
長靴も履いてもらえて良かったね。で、どれを履いたの?

「うん、まぁでも結局は弘美ちゃんの置いていってたブーツがちょうどいいって言ってそれを履いたわ。」

ズコっ!!!

新喜劇バリのコケ方をしたのは言うまでもない。

長靴、役に立ってないやん(笑)!

捨てようかどうしようか、毎回迷っていた私のブーツがここにきて人様のお役に立てるとは・・・。
まさかの展開だ。

そんな、我が家のリビングの本棚には。

「人生がときめく片付けの魔法」「人生がときめく片付けの魔法2」という本がある。

この家の住人に、魔法はまったくかからないようだ。
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by kusanohiromi | 2013-03-04 22:15 | 家族  

座敷わらし

出産が近づくにつれ、家族で私たち兄弟3人が小さかったころに想いを馳せる機会が増えた。

よくこんな騒がしい3人も、「特に私は一番育てにくかっただろうな~。」なんて、感謝と同時に思い出す。

私は幼い頃から感受性が強く、なんと1歳代から記憶が残っている。

そんないくつもの思い出を話す中、おかしなことがあった。

昔、今実家があるこの熊本のおじいちゃんおばあちゃんちに遊びに来たとき、私は時々向かいの家の女の子と遊んでいた。

同い年くらいか、一つ下くらい。

ちょっと子ども心に不思議な子ではあったが、年も近かったしおばあちゃんちの家の向かいだったので、遊んでいた。

そんなとき、おばあちゃんが小声で私に「あんまりあの子と遊んではいけません。」と言うような内容のことを言うのだった。
それはあまり気持ちのいいものではなかった。

3つか4つ、もしかしたらもっと小さかったかもかもしれないが、うっすらとその子のお父さんに何か問題があったと記憶していたので、両親に聞いた。

「あの子のお父さんは何だったの?犯罪者か何かかと思ってたんだけど?」

すると両親は。

その家には子どもなんていなかったと言うのである。

母の2つ下の女の人がいたが、結婚はしなかったので子どもはいないと言うのだ。

え?
そんなはずはない。

今も残る(今は誰も住んでいないが)その家の門をこじ開けて、私は確かに中に入ったし軒下をほじくり返して遊んだりしていた。

家の中に入った記憶もある。

そのとき、なんとなく無愛想で気難しそうで怖そうなおじさんがいた記憶も。

でも、確かに母と同世代のその人には子どもがいなかったので、小さな子どもが出入りすることもなかったらしい・・・。
私の細かな記憶を話せば話すほど、両親は首を傾げるばかり。
しかも、母の教育理論上「親がどうこうだから遊んではいけません」と言うことは絶対になかったので母としては尚更である。

では、私は誰と遊んでいたのだ?

座敷わらし説浮上(笑)。

おばあちゃんとおじいちゃんも、もしかしたら私が一人なのにまるで誰かと一緒にいるように遊んで他人の家を出入りしているので気持ちが悪くなって「あの家には入ってはいけないよ?」っと言ったのかもしれない。

まさかね。

2才の頃住んでいた家の間取りを覚えているほどの私の記憶だから、確かなことに違いはないのだが。

あれは一体誰だったのだろうか?
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by kusanohiromi | 2013-02-26 22:40 | 家族  

里帰り出産のため熊本に帰ります~

たった今、ヤマト運輸さんが荷物の集荷に来てくれました。

この度、里帰り出産のため熊本に帰ります。

先週の日曜日まで働いていたので、荷造りやら会いたい人と会うことに毎日分刻みのスケジュールでしたが、遂に全ての作業が終わりました。

これから1時間ばかり鳥を見に行ってきます!
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by kusanohiromi | 2013-02-12 11:09 | 家族  

写真の腕前

これまた去年の11月の話になってしまいますが、旦那と築地市場に寿司を食べに行きました。
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赤ちゃん連れだとできないことを、今のうちにやっておこうと片っ端から行きたいところに行っています。

で、東京駅に寄りました。

うちの旦那は写真を撮るのがとっても下手です(笑)。

実家の京都に帰ったときは、三年坂とか二年坂とか行くのですが、タイトルはまるで「電柱と私」みたいな写真を撮ってくれます。

もちろん今日も。

東京駅をバックに・・・。
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って、トラックが東京駅にかぶった瞬間を見事に捉えます。ある意味凄い。

実はこのデジカメ、3万円くらいするちょっといいフジフィルムの最新機種。

オートで最適なモードに合わせてくれますし、光の加減やピントだってもちろん合わせてくれます。

ただ、シャッターを押せばいいのです。

なんて簡単なんでしょう?

ところがドッコイ。
猿でも撮れるような親切なカメラでも旦那の手にかかるとこうなります。
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絶対ピントが合いません。

もうちょっと頑張ろう。パチリ。
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タイトルは「駐車場と私」かな。「P」が明るく人物は暗く・・・。なぜこうなる?

私が撮るとこう。
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ちゃんと撮れてるでしょ?(笑)

さぁ、気を取り直してもう一度。パチリ。
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なんでや~~~。なんで「P」がそんなにフィーチャーされてんねや~~~。

もうちょっと頑張って~。パチリ。
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やっぱりピントがどうしても合わへん~~。

で、しまいにはこうなりました。
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なんでやねんっっ!!!

もう爆笑です。

カメラを作った人が見たら泣くでしょう~。

カメラメーカー泣かせの旦那の写真の腕前です。

もう笑うしかないです。

ていうか、めっちゃ笑わせてくれました。

あ、誤解のないように言っておきますが、決して晒し者にしてバカにしている訳ではありませんよ。
笑わせてくれる旦那様に愛を込めて・・・???
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by kusanohiromi | 2013-01-05 02:14 | 家族