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1月はいって2月は逃げましたね

明けましておめでとうございます…と言ったら怒られるであろう3月突入です。

blogもすっかりご無沙汰してしまっており、日々目まぐるしく起こる、あんなことやこんなこと、ひとつもご報告できずにおります。

去年の1月から勉強を始め、仕事復帰と子育てを両立しながらインテリアコーディネーターに一発合格しました!

…って、何になりたいねん!って感じですよね(^-^;
聞こえますよ聞こえます、その軽快なツッコミ!

やー、「育休は悪」という会社で育休を取得させてもらったんだもの。
気合いを見せておかないと…というか実のところ人が「絶対無理!」というものをやりたいだけ(笑)。

自分の限界を作るのは自分。
限界の壁を取っ払ってやりきりました!

しかしながら、毎日の生活はと言うと…。

子どもを保育園に連れてって、仕事して、保育園に迎えに行って、ご飯作って食べさせて、洗濯してお風呂に入れて寝かし付けて…はい、しゅうりょーーーーう!

と自分の時間が皆無なのであります。
息子の前でblog更新なんてもってのほか。
当然ピアノも邪魔されまくり15分弾けたら上出来。

目下の目標はリビングにピアノを置くことです。

そんな、私ですがいつの日かいつの日か。

野望はいっぱい渦巻いているのです。

ふふふ。では、また。
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by kusanohiromi | 2015-03-09 09:03  

初夢

夢の話を書いたので、夢つながりということで、今年の初夢をまだ覚えてるので書こうかな。

もう9月やけど(笑)。

私の夢、とにかくリアルでへんてこだけど、みんなもそうなのかな?

さて、初夢。


私は子どもだった。
なぜか政府が「日本中のこどもを取っ捕まえて根絶やしにしろ」という命令を出した。

そこらじゅうで子どもが捕らえられ連れていかれる。

そして大人たちは「まだどこかに子どもはいないか?」と一軒一軒土足で踏み込み血眼になって子どもを探していた。

唯一隠れられる場所。

それは、ゲイやオカマたちが住むエリア2丁目スラム街だ。

国の決まりで、ゲイやオカマたちはとても神聖なものなのでそのエリアには絶対に踏み込んではならないことになっていた。
例え犯罪者が逃げ込んだとしても。
そのエリアでは逮捕だってできないのだ。

私はスラム街に身を潜めた。

ここなら安全だ。

…ただしその安全は、「ゲイやオカマが犯罪を犯さない限り」であった。

誰かがその法律を破ってしまったらしい。

遂に、スラム街は強制撤去されることとなり、まだ人々が生活しているというのに、ショベルカーなどの重機が建物を壊し始めた。

「子どもだー!子どもがいたぞー!」


いけないっ!見つかった!

私は必死で逃げた。

パルクールのようにビルからビルへ飛び移り逃げた。

警察や大人たちが追いかけてくる。

どこへ逃げよう…。

もうこうなったらあそこしかない。




ペド。



ペド(幼児性愛者)である。


覚悟を決めてペドの人が集まる建物の扉をノックするのであった。



……………



ここで夢が終わる。

まあだいたいこういうおかしな夢なんだけど、我ながら私はどこか変なんじゃないかと思える夢のオンパレードですよ(^-^;

恐らく、人身売買についての本など(真面目に)読んでる影響かもしれません。

これが初夢の今年ってどうなんだ(笑)。
まぁ今年も残りわずか3ヶ月ちょっとですが015.gif
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by kusanohiromi | 2014-09-21 14:10  

悲しい夢

あー。
なんかめっちゃ悲しい夢みたー。

私、けっこう不眠気味なので毎日夢はほんとにたくさん、多いと10本、だいたい3本はみるんだけど今日みた夢は覚えているものでも5本。

最後にみた夢が悲しかったー。

友人15人くらいで久しぶりに集まって飲んでいて、いい感じの時間になってきたところに一人が「ねぇ、今日誕生日じゃなかった?」と言ってきた。

ん?そうだ!今日は12月21日だ!ほんとだ誕生日だ!

「ほんとだ!自分でも忘れてた!旦那にも今朝何にも言われなかったのに、よく覚えてたね!」

すると「ごめんね、私たち何にも用意してなかったからこれ、ロウソクの火フーして。」
と、お店のメニューが最後に1品出てきた。


小さくて丸いケーキみたいなのに1本だけロウソクが立っていた。

友人がそれを差し出す時に、不安定なロウソクは丸いケーキみたいなものの上で倒れて火が消えた。

それでも「はい、フーってして。」と友人。
全員が「はやくフーして!」とこっちに注目。

私は笑いながら「え?つけなおしはなし?このまま?」と戸惑いながらも既に火の消えたロウソクに形だけフーッとした。

その瞬間みんなが「おめでとーーー!!!」と拍手をしてくれて、変なの、と思いながら「ありがとう。」と言うとみんな次々に立ち上がって荷物を手に取り「よし。じゃ、行こっか。」とバラけはじめた。

え?これ食べるまでいないの?

そう思っていると「それちゃんと食べてね。」と一人から言われる。
そうだよな、せっかく誕生日にって1品注文してくれたんだし…。

で、食べようと思ったらその丸いケーキみたいなもの。
もずくとこんぶでできた惣菜だった。
甘くない。

「ケーキちゃうやん。」と心の中で一人つっこむ。

でも、このお店スイーツがなかったから一番スイーツっぽいものを選んでくれたのかも。

一人そのもずくをフォークでつついて食べていたら店員さんが皿を下げにきた。

そこで私はしらじらしく「このお店ってデザートメニューありますか?」と訊いてみた。

すると片手で皿を下げながら忙しそうな店員が勢いよく「ありますよーっ!」っとデザートメニューを差し出してくれた。

そこにはみんなでつっつけそうなジャンボパフェとか色々載っていた。

「あるやん…。」

……………



あー、寂しかった(笑)!
なんなんこの夢ーーーーー!!!!!
なんかリアルやし起きてからめっちゃ寂しい気持ちが残ってるんですけどぉーーーーーー!

ただの夢ですが(^_^)-c<^_^;)

みなさんは、どんな夢を見ましたか?
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by kusanohiromi | 2014-09-21 07:10  

ビルトインガスコンロでダッチオーブン♪

久しぶりのblogです。
正直、忙しくはないけど自分の時間は皆無でして…。
あと、blogは両手で書きたい!!ってのがあってスマホで文章を書くのはあまり好きではないのです。

ですが、ちょいとスマホから更新。

先日、うちのキッチンのビルトインガスコンロを替えました!

正直、安いキッチンなら丸ごと1台買えるほどの最高級グレード♪

普段は水回りの住設機器のショールームアドバイザーという職業柄、お客様に毎日説明はしていたので割りと身近な存在ではあったんだけど、我が家のガスコンロもまだ4年しか使っていないし小まめに掃除していたのですごくキレイ。
不調もなくまだまだ使えるのになぜ変えたのか。

きっかけはBBQでした。

BBQでダッチオーブンで鶏の丸焼きやじゃがいもを食べました。
その、中までホロホロの、ホクホクの、凝縮された旨味に感動~☆

おや?
うちで売ってるコンロ、グリルでダッチオーブンができたよな?
あれでもこんな料理ができるのでは?

そう思ったのでした。

さてさて、新しいガスコンロがやってきました!
うわ、やっぱカッコイイ~☆
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フレームレスだし、ハイパーガラスだし(普通のガラストップじゃなくて割れない傷付かない!)
左右大バーナーで設定すればなんと9段階の火力調節まで可能!
当然、音調機能もタイマーも炊飯や湯沸かし機能も付いてます060.gif
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グリルはスライドレールで開閉音がしないし、世界初の3枚ガラスなのでグリル使用中もガラスが60度くらいまでしか熱くならない!
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1歳半の息子が触りたがるので助かります!


グリルはオートなので、切り身、干物、姿焼き、そして焼き加減を選べばセンサーで水分量を測ってくれて外はパリっ、中はふわっと自動で焼いてくれるのですー006.gif
なんてお利口!

そして奥の排気口のところは食材をポロリとこぼしても受け皿がキャッチ。
中に落ちない仕様なのです!

至れり尽くせりの気の利いたコンロ♪


早速ですが、まずはサバを焼いてみましたー。

オートの「切り身」焼き加減は「標準」。
すると、、、上手く焼けましたぁ!
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中までちゃんと火が通ってる♪
息子のために細かくほぐしましたがうん。
大丈夫!
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そしていよいよダッチオーブン。

まずはシーズニング(最初に付着している錆止めの膜を洗い油をなじませる)にししとうを炒め…
いざクッキング♪
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野菜を切って、手羽元を並べて野菜を乗せてオリーブオイルと塩をふって…
蓋をしてグリルに入れてダッチオーブンメニューで点火!
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え?それだけ?
これ料理?

待ってる間に保育園の準備と友達と電話まで出来ちゃいました!

そして加熱20分、待つこと15分、どれどれ?

できたー\(^o^)/
出来てるー\(^o^)/
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じゃがいもがホックホクで超が付くほどうんまいっっ003.gif
手羽元も、中までふくふく。

野菜が甘いっ!

これははまりそうですっ!!!

それではまた!
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by kusanohiromi | 2014-09-14 08:41  

入園しました。4月1日に(笑)。

息子、保育園に入園しました。
4月1日に(笑)。
一体いつの話してんだよ?って突っ込んでいいですよ。

まぁ、毎日ドタバタなのと、パソコンを開くと息子が一目散に駆け寄ってきてテーブルによじ登りキーボードをバンバン押しまくるので家でblog更新が出来ない次第でございます。

4月1日。
桜が満開 ❀
旦那と、息子の初めての保育園デビューをドキドキ楽しみにしていたのですが、なんと旦那はインフルエンザ。

私一人で息子を連れて行きました。
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入口からホール、お部屋や廊下まで可愛い飾り付けで飾られていて、4、5歳児のお歌で歓迎してもらいました。

ふぁー、可愛い!!!
勝手にその4、5歳児が赤ちゃんだったのを想像し「保育園に入園したときは赤ちゃんだったのに、今はこうやってお歌も歌えるようになったのね~(*´ω`*)
迎える側になるなんてね~(*´ー`*)」と、他人の子にウルウルしてました(笑)。

そして息子もいよいよ保育園生活が始まります。
息子の保育園生活、仕事復帰と私も新たな環境にドキドキ緊張です。
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保育園までの道のりは、一キロ以上も続く見事な桜並木。
東京の片田舎とあって、散歩をしてる人がチラホラいる程度でとても静かな桜並木。
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誰に見てもらおうでもなく、満開に花開き生きるエネルギーを放散する桜。

新たな門出にピッタリのロケーション。
本当に清々しい思いで歩きました。

が、息子は桜の下でギャン泣きだったんですがね(^_^;)。
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3月生まれの息子。
4月生まれのお友達が走り回って意味のある言語を何言か話す中、まだ一人でたっちもできず壁に掴まったりハイハイしたり、一人だけ赤ちゃん赤ちゃんしています。

みんなとの差を目の当たりにし、少し可哀想な気もして心配にもなりました。

そんなこんなで始まった保育園生活。
このblogを書いている6月16日現在も、息子は朝預けてお別れするときはギャン泣きです(笑)。
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by kusanohiromi | 2014-06-09 08:32  

誰のための工事

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これ、本日のうちのすぐ近くの川の工事。
私は鳥が好きでいつも鳥を見ている。
鳥を見ていると、地球は人間だけのものじゃないって気付かされる。
テレビ番組や映画でも自然や動物を扱ったものはたくさんある。
それだけ、きっとみんなが好きなんだ。
本当は豊かな自然がどれだけ人間にとって欠かせないものなのか知っているはずなのだ。

だけど、普段の生活とは切り離されている。

以下、ここ1、2年のうちの近所の川の工事。
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なぜだか全ての工事が終わることはない。
ここが終わったと思ったらまた別のところ。
そこが終わったと思ったら今度はこっち。

川の水は濁り、鳥たちは餌が取れずさまよう。
工事している人はただ仕事を頑張っているに過ぎないけど、私は悲しい目で見つめてしまう。

看板には「河川緑化工事」とか、「崩壊した護岸の補強工事」。

緑化工事は川沿いをずーっと遊歩道にする工事。

川底を全部ブロックで固めて、土手だったところは遊歩道になり、ベンチをしつらえて芝生で整えて樹木を植える。

確かに見た目はキレイになった。

でも誰のための緑化?

そのままの緑の方が、鳥も虫も魚も居心地がよかったのに。
川底が自然のままの泥で、深さもデコボコだからこそ色んな種類の水草があって、虫が生息できて魚が生きられる。
そこに鳥がくる。

一定の深さに整えられた川にはカルガモしか生息しなくなる。

冬になるとカモたちが渡ってきて、留鳥のカルガモに加わって賑やかになるはずなのに、そこに多種多様なカモの姿はない。

餌がいないから居られないのだ。

川縁も、所々川面にせり出す枝や草があった。こういうところカワセミは好んでとまる。
それらもツルツルの遊歩道になってしまった。
一見美しく見える街並みも、実は生き物の寄り付かない殺風景なものになってしまっているのだ。

これは悲しく残念なことだ。

本日の崩壊した護岸の補強工事も、毎日通ってたけど護岸が崩壊したようには見えなかった。
私が見てきたのは、1年も2年もなんのためか河川に出入りするトラックやダンプカー。

ササゴイが好みそうな川辺の竹林も、水害防止のためにと年明けにゴッソリ取り除かれてしまった。

私は専門家ではないので「水害のために必要な工事です。市民の命を守るためなのです。」と言われれば何にも言えなくなってしまう。

しかし、本当に必要な工事なのだろうか?
本当にそれが最善の方法なのだろうか?
誰のためにやっているのだろうか?
と疑問が消えないのである。

文明は戻せない。
だけど、今の生活の中でもう少し動物や自然と共生する方法を真剣に考えられないだろうか。

動物たちは何もできない。

ここは、知能の高い人間が動物や自然に歩み寄るしかないと思うのだ。
人間しか自然を守れないというのに、目先の利益に気をとられて、一度失ったら二度と手に入れることのできない大切なものを失いかけているのではないだろうか。

企業はどうだろう。
利益を上げてなんぼの民間企業だから、利益を追求するのは当然だと思う。
けれど、人々の生活にもう少しゆとりをもたせてはくれないだろうか。

スマホの普及により、人々は空を見上げなくなった。
ヘッドフォンやイヤホンをして鳥の声に耳を傾けなくなった。
(スマホやipodを否定批難している訳ではありません。)

私は濁った川の水を見ると悲しくなる。
鳥に「ごめんね。」って心の中で謝りながら歩いている。

息子や孫の代の子どもたちにも、色んな色彩でバリエーション豊かに鳴くたくさんの鳥たちを見せてあげたい。

年々ここにも渡り鳥が減ってきた。

もちろん日本の環境だけの問題ではないが、生存率2割という過酷な渡りをしてくる鳥たちを、餌の豊富な自然で迎え入れてあげたい。

地元のバーダーたちも諦めたような悲しい溜め息をつきながら工事を見ている。
もうすぐまた多摩川の橋のかけ替え工事が始まる。

今一度問いたい。
その工事、本当に必要なのですか?
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by kusanohiromi | 2014-02-01 15:57  

もう一度乳腺炎をやりました~

毎日予定を詰め込んでいたら矢のように日々が過ぎてゆきます・・・。

さて。
今月2度も乳腺炎をやってしまいました!

一度目が完治する前に、なんと同じおっぱいの別の乳腺がっっっ!!!

まず、1回目の乳腺炎からやっと復活した三日後のこと。
おっぱいが痛い。ものすごく痛い。
「まだ治ってないしなぁ~。」なんて思っていたら、よく考えてみたら同じおっぱいだけど別の場所。

触ってみると石が入っているかのごとくゴリゴリ。

乳首を覗いてみましたら・・・(なんと恥じらいのないブログ)白い塊がっ!!!
白斑と言って、母乳が出てくる穴が炎症してふさがってしまっていたのです。

もう二度とあんなツライ思いはしたくない。まっぴらごめんだわ!

搾っても白斑はびくともせず、仕方がないのでマチ針を消毒して自らの乳頭に刺して貫通させました。

びゅーっと飛び出す母乳。
急いで息子に飲んでもらって、石のようになっていたおっぱいはほぐれました。

これで安心・・・出来なかったのです!

白斑が毎日塞がるようになり、マチ針作戦ももう通用しなくなってきたのです。
「いよいよ明日には桶谷(おっぱいマッサージをしてくれるところ)に行かなきゃなぁ~。」なんて思いながら搾っていたら、前回同様急激に痛みが増し・・・。

腕が上がらない。寝返りも打てない。横になれない。部屋の中を歩くだけでその振動で激痛。抱っこができない。(それでもしなきゃいけない。)

そんな状態でも痛みを耐えつつ授乳も子育ても休むことはできません。

アッという間にまた乳腺炎となり、朝からママ友に車で桶谷へ連れてってもらいました。

終わる頃には38度の熱。
ガクガクブルブルで震えまくり。
そして寝込む。
あの辛さよ再び・・・、という状態でした。

それ以来、本当にビクビクの毎日です。

乳腺炎の原因は寝不足や赤ちゃんの飲み残しなど色々あるけど、一番は食べ物です。
母乳が作られすぎる食べ物や、母乳は血液から出来ているので血がドロドロになる食べ物はアウトです。

私の場合産後からずっと
・バター → マーガリン
・牛乳  → 無脂肪乳
・生クリーム → 豆乳クリーム
・チーズ → ×
・ヨーグルト → ×
・揚げ物 → ×
・牛肉 → ×
・カレー、ハヤシ、シチュー → ×
・果汁 → 要注意
・餅 → ×
という食生活。
食べ物のストレスは大きいです。
どこへ行っても何を買うにも「これ大丈夫かなぁ?」「これはどうかなぁ?」
「少しくらいならいけるかなぁ?」と常にビクビク怯えたおっぱい中心の生活。

でもそれだけ食べ物が体に直結してるということを実感しています。
揚げ物とケーキばかり食べてたら血液はドロドロだろうね。
ちょっと食べただけでこんなに詰まるんだから。

卒乳するまでしばらく頑張ります。
ああ、正月が怖い!

それにしても自分のおっぱいのことをこんなに公にしたのは人生初やね。
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by kusanohiromi | 2013-12-27 23:48  

乳腺炎やりました~

やってしまいました。
乳腺炎・・・。

噂には聞いていて、そんなにきっついもの絶対にやりたくないっって思っていたのに。

熊本から東京へ帰る日。
朝から右のおっぱいが痛かった。

ケーキ食べたしなぁ~、パンにバターも塗ったしなぁ~、うっかり油断して普通の食生活をしたもんなぁ~。
明日には桶谷(おっぱいマッサージをしてくれる助産師さんがいるところ)へ直行だなぁ~、くらいにしか考えていなかった。

夜になり、おっぱいの痛さが増してくる。

たまに調子に乗って生クリームを使ったケーキを食べたりなんかすると、元々詰まりやすい体質なもんですぐにおっぱいが痛くなったりはするんだけど、大抵寛太に飲んでもらえば段々治まってくる。

この日は寛太の飲みも悪い。きっと美味しくないおっぱいになっているのだろう。

眠りにつく頃にはかなりの痛みだった。

そして深夜2時。

激痛で目が覚めた。
寝返りも打てない、右腕が上がらない・・・。
アイスノンで冷やしながら布団に入るも、いつもは暑いくらいの羽毛布団ですら寒くて震えが止まらない。

実はもうこのとき、熱が出る手前だったのだ。

ホットカーペットを強にして、暖房を入れて、ボア付きの上着を着て布団にくるまりながらガタガタ。

この痛みを朝まで耐えて・・・、病院に行って受付して待合室で待って・・・、しかも息子を連れて・・・。

想像しただけで絶対に無理そうだったので、産婦人科の夜間救急にTEL。

しかし夜間は専門医がいないため消防庁の救急テレフォンセンターに回される。

そこでまた別の産婦人科の救急を紹介されてそこにTEL。

でもやっぱり夜間はおっぱいを触れる人がいないので、朝になるのを待って桶谷などおっぱいをマッサージできる助産師さんがいるところへ行ってくださいと言われる。

一睡もせず(というか痛すぎて眠れない)激痛に耐えながら朝になるのを待った。

朝になり桶谷へ電話したところ、なんと空いているのが15時半!!!
絶望していると・・・。

ママ友たちがものすごい連携プレーで助けてくれた。

16人の仲良しママとグループでラインをやっているのだけど、みんなで手分けしてすぐにやってくれる桶谷を探し予約まで取ってくれたのだ!
その間二転三転したときも、予約の時間をずらしたり、キャンセルしたり、別のところを予約したりと全部やってくれた。

そして車で連れていってくれたのです!

帰ってきた頃には38度越えていて、その後は動けずずっと寝ていました。

息子は一人遊びが得意なので、遊んでくれていればいいなと思ったけど、私にぴったり寄り添い一時も離れようとはしませんでした。

私に身体を密着させた状態で、寝たり起きたり。

一生懸命語りかけてきてくれるんだけど、ほとんど反応出来ずに唸っていたのでよっぽど不安だったのでしょう。

数時間経ってやっと笑いかけると「ピョン!」っと飛び跳ねて喜びました。

うう~、いじらしい。

しかしピーク時は寝ている息子に毛布をかけることもできず、本当に動けず辛かったぁ~!
頭では「毛布かけてあげなきゃ~!風邪ひかせちゃう~。」と思っているんだけど、意識は薄れ・・・。

家事を手伝おうかと言ってくれるママ友や、買物を申し出てくれるママ友、両親は近くにいないけど、優しいママ友がたくさんいて本当に心強い!

次の日も別のママ友が桶谷に行くのに車を出してくれました。

感謝!

しかし乳腺炎、おそるべし!
もう二度とやりたくないぜ~!!!
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by kusanohiromi | 2013-12-10 23:59  

お馬さんだけの動物園でビギナーズラック

本日、ママ友と地元のお祭りを楽しんだ後、一緒に東京競馬場へ行きました。

今どきの競馬場というのは、テーマパーク顔負け、ディズニーランドと並ぶほど!?ゴミも落ちていない清潔感ある美しい場所へと生まれ変わっているのです!

私は昔、よく父親に「お馬さんだけの動物園に行こうか。」と仁川競馬場へと連れていってもらっていました。

そのころの競馬場というのは、地面一面に競馬新聞やタバコの吸殻が落ちていて、吹き溜まりにはそれが山のように溜まって・・・。
耳に赤ペンを指した機嫌の悪いおじさんが酒のニオイをぷんぷん・・・。

その頃からすると信じられない変貌です。

相当の努力があったのでしょう。
かなりの悶着があったでしょう。

「お客様、ここでおタバコは・・・」
「うるせぇ!誰のおかげでもうけてんだ!なんだい今更禁煙とかいいやがって!」
ドスドスドス!
○×@▽□$!

「お客様ゴミはゴミ箱にお願いします。」
「あん?こないだまでよかったじゃないか!」
「ゴミ箱を設置しましたのであちらに・・・。」
ドゥフドゥフドゥフ!!

そんなことがあったかなかったかは知りませんが、とにかく今は女性お一人様でも、ファミリーでも一日中遊べるようになっております。

そして驚きなのが、ベビー休憩室。
授乳室、オムツ替え台、幼児トイレ、プレイルームの充実。
赤ちゃん連れで不安になることが何もないのです。

年に数回しか競馬に行かない私なので、ママ友と「ビギナーズ講座」も受けちゃいました。

無料で馬券の種類や買い方から、競馬新聞の読み方まで教えてくれるのです。

そんなこんなで11R。

どうやら少々乱れたレースだったそうで9番人気の馬が!
ワイドが16倍と単勝が2.4倍でキタ―――――!
これがビギナーズラックというヤツですね!

ま、大した額賭けてないけど(笑)。

朝から夕方までたっぷり遊んだ一日でした(^^)!
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by kusanohiromi | 2013-10-19 22:16  

入院していました~

里帰り出産のため、2月12日に熊本に帰ってきたのですが。
翌々日の14日、こちらでの初の妊婦検診を終えたその晩。

腰と下腹部の鈍痛に加え、倦怠感で目が覚めました。
午前2時半くらいでしょうか。

もっ、もしやこれは陣痛か!?

Twitterにてつぶやくと、経験者から「私もそのくらいの時期にそんなことあったよー。」とお返事が。

そうかそうか、と耐えつつウトウト・・・。

すると、今度は激しい痛みと激しい倦怠感で目が覚める。
午前4時。
体がものすごく熱い。陣痛にしては間隔がなく痛み続ける。
そして寝返りさえ打てない痛みと倦怠感。

な。なんだこれは~!
ふっ、布団が重い~~~。

布団の重さを跳ね除けられない。
身体が痛くて向きを変えたいのに変えられない。
変えようと少し足を動かすとコムラ返りを起こしそうになる。

うぉぉぉぉ~~~。

母を起こそうか・・・いやこんな時間だし・・・。

もう生まれちゃうのかな?

でもなんだかおかしいな?こんなに体が熱いなんて。
もしかして熱があるんじゃないか?

そこからはもう呻きながら耐えるのみ。
朝6時まで「う~っ、う~っ」と子宮の収縮を耐えておりました。
赤ちゃんの胎動が痛くて辛くてしょうがない。
「動かないで~~~~。」

朝6時に母に電話をし、離れまで来てもらいました。
「お母さんっっっ・・・、陣痛始まったかも・・・!みっ、水をくれ~~~!」
熱を測ると38度2分。ひえぇぇぇl~。

病院にTELしタクシーにて向かいました。
(また、このタクシーが意地悪で意地悪で最悪でした!)
立ち上がるのに数分かかり、ガクガクして歩けず。
車椅子に乗せてもらい病室へ。
その頃は38度8分。

そこからはあまり覚えていません。
薬を飲まされたり機械に繋がれたり・・・もう夕方くらいかな?と目を覚ますとまだ朝9時くらいでした。

11:30くらいになり、熱も下がったしインフルエンザも陰性だし、お腹の赤ちゃんも落ち着いたので一旦家に帰っていいと言われ帰宅しました。

が、夕方には再び39度を越えてしまったのです!!!
きょえぇぇぇぇ~~~!

即入院。

赤ちゃんの心拍数が上がりすぎ、母体が本能的に外に出してしまおうと陣痛が誘発される。
熱による痛みと陣痛による痛み(その時は、先生も看護師さんも『陣痛』だとは言いませんでしたが後で言われました)で地獄を見ることに・・・。

その夜、一旦熱が下がったものの再び明け方ガタガタと寒さに震え目が覚めました。
手を伸ばせばすぐそこに、さっき脱いだカーデガンと靴下があるのに、全身が激痛で動けないのです。

再び一気に39度を越えてしまいました。

看護師さんからも先生からも「このままお産しましょう~。」と言われる。
えっ!
里帰りしてまだ二日ですよぉ~?
つい先週までガムシャラに働いていたので、私の“ゆったり”マタニティライフはこれからですよ?
夢の、憧れの“ゆったり”マタニティライフを楽しみにしていたのですよ?
まだ赤ちゃんのグッズを何一つ買っていないのですよ?選ぶのすんごく楽しみにしていたのに・・・。

ショックでショックで布団の中で涙ポロリ。

何よりショックだったのは、体の悪い母を産前はたくさん手伝おうと心に決めていたのに、その母を手伝うどころか病院へ連れてきてもらったり、荷物を持たせたりしてしまったこと。

毎回毎回点滴やモニターをつなぎにくる看護師さんに「退院は~」と質問する私(笑)。

でも決まって「退院は考えてませんね。このままお産ですよ~。」としか返事が帰ってこず。

「ということは、予定日を待たずにですよね?保育器に入っちゃいますか?母乳あげられなくなっちゃいますか?」

不安になって訊きました。

「そうですね~。場合によっては保育器に入りますけど母乳はあげられるから大丈夫ですよ~。」っとのこと。

少しホッとしました。

現代の医療はすごいねぇ~。

もうこうなりゃ仕方ないかな、っと思っていた矢先。

退院の許可が出たのです~~~~!!!!

きゃぁぁぁぁぁぁぁヽ(*´∀`)ノ

帰りたいと訴えたかいがありました(笑)。

もうあと二日で正期産(いつ生まれても大丈夫な時期)に入るので、数日は自宅安静でその後は動き回ってよしとのことですっ!

あ~、良かった!

そして、辛かった!

だいたい熱が39度を越えた記憶も思い出せないほど昔のこと。
まさか妊娠後期になってこんな高熱が出るとはね。

原因は細菌感染でした。

東京では必ずマスクをして外出していましたが、熊本に帰ってきたとたん「もうここまでくれば何が起きても大丈夫やろ~。」っとタカをくくっていましたね。

それに、仕事も頑張り過ぎたと病床にて反省。
先生には「お腹が張っても休めない状況とかを続けて来ませんでしたか?ちょっとあなたは無理しぃやさんですねぇ。そうでしょ?」とお見通しでした。

「普通に動けると思っても、妊婦は普通とは絶対に違うんだからねっ?」っと念を押されました。

はぁ~い。

これからは、静かに過ごします。(って、もう遅いか(笑)。出産直前はむしろ動かないといけないからね!)
とにかく退院できて良かった。

みなさんご心配おかけしました。
メールやお花、ありがとうございました!
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by kusanohiromi | 2013-02-23 22:20