里帰り出産

明日から、熊本へ帰省します。

寛太と共に東京に帰ってきてから3ヶ月以上が経ちました。

今日は、「里帰り出産」について振り返ってみたいと思います。

「里帰り出産」。

それは、人生最大のイベントでした。

24で上京してから里帰りと言っても年にたったの一度、二泊三日しか帰っていませんでした。
(※一度26の時に1年間帰ったのを除いて)

出産予定の1ヵ月前に帰って、出産後も1ヵ月半ちょっとと、合計で3ヶ月近くも実家に帰る。
こんなに長く帰るのは、後にも先にもないだろう。

普通、里帰り出産というと、産後のケアを実家のお母さんなどにやってもらうために帰るものだが、うちの場合母は体があまり良くないためどちらかと言うと「赤ちゃんを見せるため」の里帰りだった。

だから退院後、沐浴も洗濯も掃除も布団干しも一人でやってしんどいときもあった。

父は相変わらずマイペースに日本&海外を飛び回ってスーパーマンをやっている。
もう笑いが込み上げるほどのハードスケジュールで遊び回っている。

正直帰る前は、帰ったら母と喧嘩ばかりの日々になってしまうんじゃないかとちょっと心配してた。

ところが、帰った直後に39度の高熱により切迫早産で入院した私に母は。
悪い身体でよちよち歩きで私の荷物を持ってバスに2回乗り継いで病院まで往復してくれた。
その姿を見たとき、どれだけ涙を堪えたか・・・。

言わずもがな両親は寛太の誕生を心から喜んでくれ、可愛がってくれた。
母は、毎日三食ご飯を作ってくれた。
へその緒が取れた瞬間もそこにいたし、沐浴後におしっこをかけられて大笑いしたときもそこにいた。
生まれたての息子と対面し、おっかなびっくり新生児を扱う日々を母と共に過ごした。

「寛太は逃げない」と言い訳して魚釣りと合唱ばっかり行っていた父も(笑)、最後は焦ったのかできる限りの時間、寛太を抱っこしてくれた。

そんな楽しい日々はあっという間に過ぎていった。
長い長いと思っていた3ヶ月も、終りを迎えた。

ダンボール二箱で帰ったのが、東京に戻るときには7箱とベビー布団に増えていた。
荷造りを終え、寛太と24時間昼も夜もなく過ごした“離れ”がガランとする。

昔だったら車で空港まで送ってもらえたのだろうけど、母はもう片目が見えないので運転はできない。
父も仕事のためタクシーを呼んだ。

東京では夫と息子、3人の新しい生活が始まる。
とっても楽しい未来が待っている。
はずなのに・・・、お母さんの顔を見たら涙がボロボロと玉になって落ちた。
「頑張ってね!」と手を振る母の姿が見えなくなるまで顔をくしゃくしゃにしてタクシーの中から手を振り返した。

そうして、人生最大のイベントが終わった。

明日また家族に会える。
息子の成長を肉親に喜んでもらえることがなにより嬉しい。
お母さん、お父さんありがとう。これからもよろしく。
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by kusanohiromi | 2013-08-29 22:46 | 家族  

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