熊本~番外編2~

そんな片付けの中、父からFAXでもらった手紙が出てきた。

感熱紙に映し出されたその手紙の内容は、なかなか就職を真面目に考えず「ミュージシャンになりたい」と言っている娘に対するものだった。

そこには、父の人生が書かれていた。

漁師になりたくて鹿児島大学の水産学部に入学したものの、漁師とはほとんどを海で過ごす過酷な仕事。
親から猛反対にあった父は、製薬会社に就職。
そこでも「開発」をやりたかったが配属されたのは別の部署。

しかし父は開発をどうしてもやりたかったため、人一倍勉強し、努力し、自分の分野ではなかった開発の勉強会や学会などにも出席し、ようやくそれが認められ「開発部」への異動が叶ったのだと。

幼い私はもちろん、そういう思いで父が薬の開発をしていたとは当時知る由もなかった。

というより、父は土日のほとんどを海で過ごして魚を釣ってきていたため、幼稚園の頃は父は漁師だと思っていた。

現に幼稚園や小学校1年生のときは、先生に「お父さんはなんのお仕事ですか?」と聞かれ「漁師です。」と答えていた(笑)。

手紙にはこうあった。

「漁師になりたかった夢は、魚釣りで解消しています。」
そして、「人はそれぞれの環境の中で出来ることをコツコツとしていくものだと思います」とあった。

仕事をし、釣りをし、マラソンをし、合唱をし、寝る時間を惜しんで日本中を走り回る、いや出張も含めると世界を駆け回る父。
海外出張中であろうと、ランニンググッズを持っていき走る。
フルマラソンを走ってきたその足で釣りに出掛ける。
「できない言い訳」をしない。「できる方法」を探す。

自然と、そんな父の背中を見ていたのだと、手紙を見ながら思った。

その手紙は、捨てずにまたファイルに綴じて大事に棚にしまっておいた。
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by kusanohiromi | 2011-06-04 13:25 | 家族  

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