ありがとう、さようならスタジオ分家

すっかりご無沙汰しております。
1年5ヶ月ぶりのブログ更新です。覚えていらっしゃいますでしょうか(汗)。
クサノヒロミです(笑)。

フルタイムの仕事と子育てで、すっかり自分の時間というものがない日々を送っております。
あんな事やこんな事、ブログに書きたい大事件など色々とありましたがゆっくり一人でPCに向かう時間のない生活・・・。
そんな中、今回朝5時に起きてまでブログを更新させるに至った大きな出来事があるのです。

1年5ヶ月ぶりに私をPCに向かわせた大きな出来事とは・・・。


吉祥寺スタジオ分家、閉店。


「第二の家」と勝手に言い続けて来た吉祥寺の老舗スタジオ「分家」。
吉祥寺に住んでいた7年間、本当に私の居場所は「家にいなけりゃ分家にいる。」という状態でした。吉祥寺から多摩市に引越して3年、出産して3年で最後はほとんど来れなくなっちゃったんだけど、その昔は本当に分家に入り浸っておりました。

どれだけいたか、それを表すのに店長の田原さんに言われるのは、
「個人練習でポイントカードを全部貯めたのはスタジオ始まって(32年)クサノさんと赤石(?)くんだけだよ。」と。
このポイントカード、500円で1ポイント。バンドマン向けに出来ているので一度に10ポイント押すような人たちが有効期限内に貯められるように出来ている。
それを毎日1時間、2時間せっせと通って全部貯めたのです。
それだけ分家に通っていたのですね~。
しかも、練習のためだけに分家に行っていた訳ではないのです。

このスタジオ分家。

どのような場所かと言いますと。

吉祥寺の歴史ある老舗スタジオで、本当に多くのミュージシャンに愛されてきた場所なのです。
数々の有名ミュージシャン、ロックスター、皆さんの知っているところだと斉藤和義さんとかレヨナさんとかも使っていましたし、そうだTSUNTAさんも使ってたよね~。
時々練習一緒になって「ひろっぴぃ~!」「ツンタさーん!」としゃべったなぁ~。
てか私がTSUNTAさんに分家を紹介したんだった!
とにかく30数年間、本当にたくさんのミュージシャンを輩出してきました。

あの地下の、薄暗くて、汚い(失礼)場所が、どうして30年以上もみんなにこれだけ愛され続けてきたのか。
他に、キレイで新しくて、設備が最新のスタジオは、吉祥寺にいくらでも後から出来たしたっくさんあるのに、なぜこれだけ人が吸い込まれて行ったのか。

それは、それは、それは。
店長の田原さんという人の人柄があったからなのです。

あーーーー。涙出てきたぁぁぁぁーーーー!

私が14年前音楽をやりに上京してきたとき。
安くてグランドピアノを弾けるスタジオどっかにないかな、と思っていたら親友のミュージシャン児玉マリが分家を紹介してくれた。
マリに連れられて汚い薄暗い地下に下りていくと、ボロボロのドアがあってスタジオがあった。
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そこに主のように田原さんがいた。

その日から、私は分家に通い続けた。

それは練習はもちろんだけど、練習だけではない時間がそこに流れていた。

他愛もない田原さんとのおしゃべりタイムだ。

この店長の田原さんという人。
なんだろ、歯に衣着せぬ物言いなんだけど決して毒ではない、、、人の意見というより時々神様の意見なんではなかろうか?と思うほど客観的で俯瞰でものを見れる人なんです。
フラットでニュートラルで、偏りがなく、飾りもなく、大げさでもなく、特別見方するわけでもなく絶対に敵でもなく。
そんな田原さんのトークマジックに、気付けばみんなが魅了されていて、スタジオに行けば必ず誰かがいてしゃべっている・・・。
そんなスタジオだったのです。

「おはようございまーす!あ、〇〇くん。」
で、2時間練習して出るとまだいる〇〇くん。
今度は自分が田原さんと喋りだし、次のミュージシャンがスタジオに入る。
次の人が出てきて「あ、もう2時間もしゃべっちゃったね。」
そんな場所だったのです。

そこにいつもいたメンバー。行けば必ず会えたメンバー。
仲良くさせてもらっていたバンド、ハイウェイ61とか、新井くんとか、マチくんりょうくんのりくん・・・。
他にも名前は分からないけど行けばよくいた人、いるなぁ~。

スタジオが取れなくて練習できない日でも、ふらっと地下に下りていって「田原さ~ん。」としゃべり始める。

私は親にだって言えない、言ったことのない話、田原さんには何でもした。
親どころか人に言えないあんなことやこんなこと、本当に神様にお話するように何でもお話したのです。懺悔室かよ(笑)ってほど。

迷った時はとにかく田原さんの声を聞きに行こう。
落ち込んだ時は田原さんのところに話を聞きに行こう。
めっちゃ嬉しいことがあったから田原さんに報告に行こう。

とにかくなんでもかんでも田原さん、田原さん、だったのです。
本当に。

そんなスタジオ分家が閉店し、田原さんは実家へ帰ることになったのですが、最後のライブが行われました。

2016年7月2日、3日分家ファイナル。

たまたま2日が休みだったので、お昼に花束を持って息子を連れて顔を出しました。
Bスタのドラムセットを運び出したばっかりの黒い埃だらけの汚い床の上を敢えてハイハイして動き回る3歳の息子をじーーぃっと見つめた田原さんは「ほー、やっぱり男の子ってバカなんだなぁ。」と一言。

(爆)!!!

コレコレ!田原さん!!!ほんと人の子とかおかまいなし!
そういうところが大好きなんだよ!

たくさん弾いたAスタのグランドピアノ。
このピアノで何百時間練習しただろう・・・。
レコーディングもしたなぁ。
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そしていよいよ本当にファイナルの3日。

仕事終わりに駆けつけた私に田原さんが「クサノヒロミさんに2曲歌ってもらいます~!」といきなりみなに紹介。

もうライブ、2年3ヵ月前に一度復帰ライブをしたけど、その前も1年やってないから3年ぐらいまともにライブやってないんだよな。
人前で歌うのもピアノ弾くのもかなり久しぶりだけど、田原さんが最後とあれば歌うよ!
弾くよ!
こんなこともあろうかと、歌詞ノートだけは持ってきといてよかったよ!

1曲は絶対にバラード歌ってというリクエストがあったので
「引力」そして田原さんを送り出す歌「ステップラタタ」。

この歌詞、ぴったりだー。


「何かをやめるのはとても勇気がいることです。今までも十分待ったから、最後に決めるのは自分。
居心地のいい場所から去るのはとても力がいることです。人は自分を変えてくれはしないから 変わりたいなら自分で変わる。」

って。本当に居心地よかったなぁ。
田原さん、勇気いっただろうなぁ。

とってもいい感じで歌わせてもらって盛り上がってイエェーイって2曲歌い終わったところで田原さん。
「もう1曲歌って!」って。ええっ(笑)。今すっごくいい雰囲気やったやん。
ここで1曲って何歌えばいいん(笑)。こういうところがほんと、田原さんなんだよな~。
「泣きながら歌ってよ~。」とか言われて、涙マジで引っ込んだわ(笑)。

歌う前まで号泣してたけどね。

ライブはどんどん続きます。


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ハイウェイ61のドラムだった勝さん(個人練習ではダントツ遭遇率が高かったなぁ~。私もよく練習してたけど、勝さんもほんとよくスタジオに入ってたなぁ~。)のバンド『マントル』。
インストなんだけどめちゃくちゃかっこよかった!!!
みんなが椅子を片付け始めたから、最初座ってた私は「そんな感じ?」とか言ってたけど気付いたらめちゃめちゃ踊ってたし(笑)。

そしてPJさん。
いきなりMCで「俺が一番の分家loverだ」と言い張るので「いやいや私も負けてないし。」と思ったらPJさん。
なんと13歳から現在の47歳まで、田原さんが店長になる前のアルバイト時代から分家を利用しているそうで!!!
恐れ入りましたぁ~~~!

13歳だったPJさんがレゲエの世界に入って、メジャーデビューして、その後も今までずっと分家を使ってきた話。
じーんとすると共に、長い分家の歴史を感じました。

ああ、もう本当になくなっちゃうんだな。
吉祥寺に来たときとりあえず寄ってしゃべる場所がなくなっちゃうんだな。
こんな場所、もう他にないよー。

新井くんのライブ。
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新井くんも毎日いたよなぁ~。
号泣しながらベースを弾くのりくん。
そしてハイウェイ61のライブ。e0122770_732821.jpg

もう次の日も仕事だけど、終電とかって言葉自体が今はナンセンス。
こんなに田原さんを愛する仲間が歌って囲んで、最高だ。

お金なんてなくっても、こうやって音楽を一生懸命やっている姿って本当にキラキラしてる。あー、やっぱり音楽ってなんて素晴らしいんだろう。


絶対泣かないだろうと思っていた田原さんが涙を拭いながらPAをする。

そんな姿がたぶん一生忘れないくらいに目に焼き付きました。

全てのものは永遠には続かないんだな。

歌っているみんなの姿、踊っているみんなの姿を見ながら、この分家で出会い、田原さんとしゃべっていたあの日々が走馬灯のように駆け巡る。

寂しい。寂しすぎるぞ。近年、こんなに寂しいと思ったことはないぞ。

翌日、二日酔いで使い物にならない私でしたが(苦笑)。
最後、7日の日に本当に最後の電話をしました。

「はい、スタジオ分家でーす。」っていつものあのトーンの田原さんの声。
何百回と聞いてきたこの声もこれが最後だ。
いつも田原さんがいたこのブース。ここでずっとおしゃべりをしてきたんだ。
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「よかったよ~、もう電話も明日で繋がらなくなるんだ。堀井くんいるよ、変わろうか~。」とハイウェイ61のボーカルのホーリーさんに電話を変わり(あー、この感じも最後か。)ファイナルの時の話をしたりして、最後に田原さんにまた変わってお礼を言いました。

ありがとう、分家。
ありがとう、田原さん。
ありがとう!!!
本当に長い間お疲れ様でした!!!

本当にありがとうございました!!!
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# by kusanohiromi | 2016-07-09 07:12 | ライブ・音楽  

1月はいって2月は逃げましたね

明けましておめでとうございます…と言ったら怒られるであろう3月突入です。

blogもすっかりご無沙汰してしまっており、日々目まぐるしく起こる、あんなことやこんなこと、ひとつもご報告できずにおります。

去年の1月から勉強を始め、仕事復帰と子育てを両立しながらインテリアコーディネーターに一発合格しました!

…って、何になりたいねん!って感じですよね(^-^;
聞こえますよ聞こえます、その軽快なツッコミ!

やー、「育休は悪」という会社で育休を取得させてもらったんだもの。
気合いを見せておかないと…というか実のところ人が「絶対無理!」というものをやりたいだけ(笑)。

自分の限界を作るのは自分。
限界の壁を取っ払ってやりきりました!

しかしながら、毎日の生活はと言うと…。

子どもを保育園に連れてって、仕事して、保育園に迎えに行って、ご飯作って食べさせて、洗濯してお風呂に入れて寝かし付けて…はい、しゅうりょーーーーう!

と自分の時間が皆無なのであります。
息子の前でblog更新なんてもってのほか。
当然ピアノも邪魔されまくり15分弾けたら上出来。

目下の目標はリビングにピアノを置くことです。

そんな、私ですがいつの日かいつの日か。

野望はいっぱい渦巻いているのです。

ふふふ。では、また。
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# by kusanohiromi | 2015-03-09 09:03  

初夢

夢の話を書いたので、夢つながりということで、今年の初夢をまだ覚えてるので書こうかな。

もう9月やけど(笑)。

私の夢、とにかくリアルでへんてこだけど、みんなもそうなのかな?

さて、初夢。


私は子どもだった。
なぜか政府が「日本中のこどもを取っ捕まえて根絶やしにしろ」という命令を出した。

そこらじゅうで子どもが捕らえられ連れていかれる。

そして大人たちは「まだどこかに子どもはいないか?」と一軒一軒土足で踏み込み血眼になって子どもを探していた。

唯一隠れられる場所。

それは、ゲイやオカマたちが住むエリア2丁目スラム街だ。

国の決まりで、ゲイやオカマたちはとても神聖なものなのでそのエリアには絶対に踏み込んではならないことになっていた。
例え犯罪者が逃げ込んだとしても。
そのエリアでは逮捕だってできないのだ。

私はスラム街に身を潜めた。

ここなら安全だ。

…ただしその安全は、「ゲイやオカマが犯罪を犯さない限り」であった。

誰かがその法律を破ってしまったらしい。

遂に、スラム街は強制撤去されることとなり、まだ人々が生活しているというのに、ショベルカーなどの重機が建物を壊し始めた。

「子どもだー!子どもがいたぞー!」


いけないっ!見つかった!

私は必死で逃げた。

パルクールのようにビルからビルへ飛び移り逃げた。

警察や大人たちが追いかけてくる。

どこへ逃げよう…。

もうこうなったらあそこしかない。




ペド。



ペド(幼児性愛者)である。


覚悟を決めてペドの人が集まる建物の扉をノックするのであった。



……………



ここで夢が終わる。

まあだいたいこういうおかしな夢なんだけど、我ながら私はどこか変なんじゃないかと思える夢のオンパレードですよ(^-^;

恐らく、人身売買についての本など(真面目に)読んでる影響かもしれません。

これが初夢の今年ってどうなんだ(笑)。
まぁ今年も残りわずか3ヶ月ちょっとですがemoticon-0114-dull.gif
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# by kusanohiromi | 2014-09-21 14:10  

悲しい夢

あー。
なんかめっちゃ悲しい夢みたー。

私、けっこう不眠気味なので毎日夢はほんとにたくさん、多いと10本、だいたい3本はみるんだけど今日みた夢は覚えているものでも5本。

最後にみた夢が悲しかったー。

友人15人くらいで久しぶりに集まって飲んでいて、いい感じの時間になってきたところに一人が「ねぇ、今日誕生日じゃなかった?」と言ってきた。

ん?そうだ!今日は12月21日だ!ほんとだ誕生日だ!

「ほんとだ!自分でも忘れてた!旦那にも今朝何にも言われなかったのに、よく覚えてたね!」

すると「ごめんね、私たち何にも用意してなかったからこれ、ロウソクの火フーして。」
と、お店のメニューが最後に1品出てきた。


小さくて丸いケーキみたいなのに1本だけロウソクが立っていた。

友人がそれを差し出す時に、不安定なロウソクは丸いケーキみたいなものの上で倒れて火が消えた。

それでも「はい、フーってして。」と友人。
全員が「はやくフーして!」とこっちに注目。

私は笑いながら「え?つけなおしはなし?このまま?」と戸惑いながらも既に火の消えたロウソクに形だけフーッとした。

その瞬間みんなが「おめでとーーー!!!」と拍手をしてくれて、変なの、と思いながら「ありがとう。」と言うとみんな次々に立ち上がって荷物を手に取り「よし。じゃ、行こっか。」とバラけはじめた。

え?これ食べるまでいないの?

そう思っていると「それちゃんと食べてね。」と一人から言われる。
そうだよな、せっかく誕生日にって1品注文してくれたんだし…。

で、食べようと思ったらその丸いケーキみたいなもの。
もずくとこんぶでできた惣菜だった。
甘くない。

「ケーキちゃうやん。」と心の中で一人つっこむ。

でも、このお店スイーツがなかったから一番スイーツっぽいものを選んでくれたのかも。

一人そのもずくをフォークでつついて食べていたら店員さんが皿を下げにきた。

そこで私はしらじらしく「このお店ってデザートメニューありますか?」と訊いてみた。

すると片手で皿を下げながら忙しそうな店員が勢いよく「ありますよーっ!」っとデザートメニューを差し出してくれた。

そこにはみんなでつっつけそうなジャンボパフェとか色々載っていた。

「あるやん…。」

……………



あー、寂しかった(笑)!
なんなんこの夢ーーーーー!!!!!
なんかリアルやし起きてからめっちゃ寂しい気持ちが残ってるんですけどぉーーーーーー!

ただの夢ですが(^_^)-c<^_^;)

みなさんは、どんな夢を見ましたか?
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# by kusanohiromi | 2014-09-21 07:10  

ビルトインガスコンロでダッチオーブン♪

久しぶりのblogです。
正直、忙しくはないけど自分の時間は皆無でして…。
あと、blogは両手で書きたい!!ってのがあってスマホで文章を書くのはあまり好きではないのです。

ですが、ちょいとスマホから更新。

先日、うちのキッチンのビルトインガスコンロを替えました!

正直、安いキッチンなら丸ごと1台買えるほどの最高級グレード♪

普段は水回りの住設機器のショールームアドバイザーという職業柄、お客様に毎日説明はしていたので割りと身近な存在ではあったんだけど、我が家のガスコンロもまだ4年しか使っていないし小まめに掃除していたのですごくキレイ。
不調もなくまだまだ使えるのになぜ変えたのか。

きっかけはBBQでした。

BBQでダッチオーブンで鶏の丸焼きやじゃがいもを食べました。
その、中までホロホロの、ホクホクの、凝縮された旨味に感動~☆

おや?
うちで売ってるコンロ、グリルでダッチオーブンができたよな?
あれでもこんな料理ができるのでは?

そう思ったのでした。

さてさて、新しいガスコンロがやってきました!
うわ、やっぱカッコイイ~☆
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フレームレスだし、ハイパーガラスだし(普通のガラストップじゃなくて割れない傷付かない!)
左右大バーナーで設定すればなんと9段階の火力調節まで可能!
当然、音調機能もタイマーも炊飯や湯沸かし機能も付いてますemoticon-0159-music.gif
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グリルはスライドレールで開閉音がしないし、世界初の3枚ガラスなのでグリル使用中もガラスが60度くらいまでしか熱くならない!
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1歳半の息子が触りたがるので助かります!


グリルはオートなので、切り身、干物、姿焼き、そして焼き加減を選べばセンサーで水分量を測ってくれて外はパリっ、中はふわっと自動で焼いてくれるのですーemoticon-0105-wink.gif
なんてお利口!

そして奥の排気口のところは食材をポロリとこぼしても受け皿がキャッチ。
中に落ちない仕様なのです!

至れり尽くせりの気の利いたコンロ♪


早速ですが、まずはサバを焼いてみましたー。

オートの「切り身」焼き加減は「標準」。
すると、、、上手く焼けましたぁ!
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中までちゃんと火が通ってる♪
息子のために細かくほぐしましたがうん。
大丈夫!
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そしていよいよダッチオーブン。

まずはシーズニング(最初に付着している錆止めの膜を洗い油をなじませる)にししとうを炒め…
いざクッキング♪
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野菜を切って、手羽元を並べて野菜を乗せてオリーブオイルと塩をふって…
蓋をしてグリルに入れてダッチオーブンメニューで点火!
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え?それだけ?
これ料理?

待ってる間に保育園の準備と友達と電話まで出来ちゃいました!

そして加熱20分、待つこと15分、どれどれ?

できたー\(^o^)/
出来てるー\(^o^)/
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じゃがいもがホックホクで超が付くほどうんまいっっemoticon-0102-bigsmile.gif
手羽元も、中までふくふく。

野菜が甘いっ!

これははまりそうですっ!!!

それではまた!
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# by kusanohiromi | 2014-09-14 08:41  

ホームページが見られなくなっていました

皆様。大変申し訳ございません。

4月に仕事復帰してから、ブログの更新を怠っていましたところ、ドメイン契約が切れてホームページが表示されなくなっていました。

私、そんなに長くPC開いてなかったのね…(;´д`)

メールの問合せも今は出来なくなっています。

復活させますので、今しばらくお待ちくださいませ。
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# by kusanohiromi | 2014-06-22 08:47 | ライブ・音楽  

入園しました。4月1日に(笑)。

息子、保育園に入園しました。
4月1日に(笑)。
一体いつの話してんだよ?って突っ込んでいいですよ。

まぁ、毎日ドタバタなのと、パソコンを開くと息子が一目散に駆け寄ってきてテーブルによじ登りキーボードをバンバン押しまくるので家でblog更新が出来ない次第でございます。

4月1日。
桜が満開 ❀
旦那と、息子の初めての保育園デビューをドキドキ楽しみにしていたのですが、なんと旦那はインフルエンザ。

私一人で息子を連れて行きました。
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入口からホール、お部屋や廊下まで可愛い飾り付けで飾られていて、4、5歳児のお歌で歓迎してもらいました。

ふぁー、可愛い!!!
勝手にその4、5歳児が赤ちゃんだったのを想像し「保育園に入園したときは赤ちゃんだったのに、今はこうやってお歌も歌えるようになったのね~(*´ω`*)
迎える側になるなんてね~(*´ー`*)」と、他人の子にウルウルしてました(笑)。

そして息子もいよいよ保育園生活が始まります。
息子の保育園生活、仕事復帰と私も新たな環境にドキドキ緊張です。
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保育園までの道のりは、一キロ以上も続く見事な桜並木。
東京の片田舎とあって、散歩をしてる人がチラホラいる程度でとても静かな桜並木。
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誰に見てもらおうでもなく、満開に花開き生きるエネルギーを放散する桜。

新たな門出にピッタリのロケーション。
本当に清々しい思いで歩きました。

が、息子は桜の下でギャン泣きだったんですがね(^_^;)。
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3月生まれの息子。
4月生まれのお友達が走り回って意味のある言語を何言か話す中、まだ一人でたっちもできず壁に掴まったりハイハイしたり、一人だけ赤ちゃん赤ちゃんしています。

みんなとの差を目の当たりにし、少し可哀想な気もして心配にもなりました。

そんなこんなで始まった保育園生活。
このblogを書いている6月16日現在も、息子は朝預けてお別れするときはギャン泣きです(笑)。
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# by kusanohiromi | 2014-06-09 08:32  

出会いと別れの春~びーだま、ありがとう~

息子の誕生日の日、よく行っていた保育園の開放保育「親子サロンびーだま」へ行きました。

寂しいことに、保育園の移転に伴いこの日が最後のびーだまでした。

まだねんねで首すら座っていないころ。
ドキドキしながらその門を叩きました。

中に入るととてもアットホーム。
初めての私達を温かく迎えてくれて、すぐにベビー布団を敷いてくれました。
「今日初めてのママです~。かんたくん3ヶ月です~。」とふんわり自然に輪の中に入れてもらって。
まだ赤ちゃんは遊べない、寝ているだけの状態ですが、ママ同士の会話が始まります。

「夜は寝てくれますか?」「夜中のおっぱいは何時間置き?」

それがとても心身を健やかにしてくれました。

こんな場所があるんだ。
すごい。
素敵だな~。
楽しいなぁ~。
心からそう思いました。

悩んでいるのは一人じゃない。(まぁ私の場合性格的に悩まないけど)
不安な気持ちが和らいで、みんなとしゃべって元気になる。

びーだまでたくさんママ友ができました。
行けば誰かに会える。

最初の頃は、隣の空間でよちよち歩いて遊んでいる子どもたちがとても大きく見えたものです。
ずっと先のことだと思っていたけれど。
いつの間にか息子がその大きさになって、今ではねんねの赤ちゃんゾーンを懐かしく見ている自分がいる。

大勢のママたちでこの場所をなくさないでと署名運動をしたのだけど、市長さんからは未だにはっきりした返事が帰ってきていません。
とても残念なことです。

そして最後の日。

たくさんのママたちが集まりました。
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最後の手遊びもこのとおり。こんな大きな円に。
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あ・・・、写真を見ていたら涙が・・・。

息子がたまたま3月生まれというのもあって、誕生日、断乳、保育園入園、仕事復帰。
節目がたくさんやってきた。

社会人になると、3月って年度末でしかなかったけど、子どもが生まれると改めて「出会いと別れの春」だということを感じる。
子どもと共に、こうして節目節目を迎え、その度に切ない気持ちになるんだろうなぁ~。

みんな、ありがとう!
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# by kusanohiromi | 2014-03-20 16:57 | 家族  

さよならおっぱいの話

お誕生日が来たら、断乳することを決めていました。

「断乳」というのは、おっぱいをやめることです。
半ば強引におっぱいと引き離す断乳は、子どもが自ら飲まなくなっておっぱいを卒業していく「卒乳」とは違います。

保育園に入れてからも1歳半までは母乳を与えることが私の希望でした。
その私が断乳を決意したのは、

乳腺炎を4回も繰り返し7回も高熱を出したこと。
このままでは仕事復帰してからまた乳腺炎を起こし仕事どころではなくなってしまうこと。

桶谷(母乳育児相談室)の助産師さんの強いススメで自分の体のために断乳を決意しました。

一週間前からカレンダーを見せて、毎日「この日が来たらおっぱいおしまいね。」と言い聞かせていました。

いよいよ当日。

「今日でおっぱいさよならだよ。」

分かっているのか分かっていないのか、でも数日前からなんとなく感じ取っているような。

機嫌良く遊んでいるときに「おっぱい飲む?」と言うと、ニコ~っと笑って「アハアハアハ!」と胸に飛び込んできました。

「これが最後のおっぱいだよ。今までたくさん飲んでくれてありがとう。」
寂しくて泣きながら最後のおっぱいを飲ませました。

「ゆっくりたくさん飲んでね。」って言ったのに、5分ほどでおっぱいを離しニコっと笑って遊び始めました。
その笑顔がとても印象的でした。

それから油性マジックでおっぱいにクマの顔の絵を描いて息子に見せました。
「おっぱいさんいなくなっちゃったよ~。」
息子は絵を見た瞬間ケタケタケタと声を出して笑いました。

おっぱいは役目を終えました。
産後の1ヵ月半、水疱、血豆、亀裂、とトラブルまみれで激痛に耐えながら飲ませたこと。
今日まで一年間、一日も休まず夜中も3時間置きに飲ませたこと。
好きな食べ物も食べられず我慢し続けたこと。
乳腺炎でゾンビみたいになりながら飲ませたこと。

色々思い出すけどやっぱり何よりも「よく飲んでくれたね。」って気持ちで胸がいっぱい。
涙が止まりません。

それから、眠くなりおっぱいを求めてやってきた息子。
ジッパーを自分で下ろすのでまた顔の絵を見せて「おっぱいもうないんだよ。」と言うと、それはそれは悲しそうにうわぁ~んと大泣き。
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夜寝る時も「おっぱい!おっぱい!」と悲しそうに嗚咽して泣き続ける息子に、「ごめんね。頑張れカンタ!」と声をかけるしかなく一緒に泣く母。
二人でワンワン泣きました。

元々母乳の出が良過ぎて(それで乳腺炎を繰り返す)、薬を使って止めたのに息子の泣き声でおっぱいがまたガンと張ってくる。
もうパンパンカチカチで痛いのにあげられない。
あげたいよ~。胸に抱きたいよ~。切なくてたまらない。

「断乳は早かったんじゃないか。」
「乳腺炎なんて自分が我慢すればよかったんじゃないか。こんなに小さな子に我慢させるなんて。」
「断乳止めるの今ならまだ間に合うかな。」なんて考えがグルグル。

息子は人生初の別れと戦っていました。
でもきっと、小さいなりに理解したんだと思う。
おっぱい無しで寝てしまった。
夜中も3時に起きて泣き、5時に起きて泣いたけど、最初は振り払っていたマグカップを、5時の段階では自ら手に取ってゴクゴクとお水を飲みパタンと寝たのです。軽く衝撃!

その姿にまたキュウゥゥゥっと胸が締め付けられる母。

次の朝、またおっぱいを確認に来た息子。
もう絵を見せることもなく言葉で「おっぱいないよ。」と言うとフンフン少し文句を言ったものの、諦めて牛乳を飲みました。

案外早く、息子はおっぱいがなくなったことを納得したようです。
あんなにおっぱいが大好きだった息子が・・・。
離乳食も進まず8ヶ月までほぼおっぱいだった息子が・・・。

その順応の速さにこちらの方が戸惑いついて行けず、寂しい・・・。
私のおっぱいはまだガンガン張って搾っても搾っても出てくる。
なんと往生際の悪いおっぱい・・・。

ただいま断乳五日目ですが、まだ多少息子は眠くなるとおっぱいが欲しくなります。
でも自分で自分に言い聞かせて我慢しているのです。
そんな息子の泣き声でまたもツーンとおっぱいが湧いてくる。
息子は欲しがっている、おっぱいも湧いている。なのに与えることはできない。
もうどうしてよいか分からないほど切ない思いで苦しい・・・。

もう二度と、息子はおっぱいを飲むことはない。
授乳中に見つめ合ったあの幸せな時間は二度と戻らない。

「おっぱい飲む?」と言うと猛烈に嬉しそうに「アハアハアハ!」と返事をしながらハイハイでおっぱいに飛び込んでくるあの姿が可愛くて可愛くてたまりませんでした。
もうあの姿を見ることができないと思うととても寂しい。ああ寂しい。寂しいぞーーーーー!!!

断乳でこれだけ泣いてるんなら、将来結婚式とかどうなるんだ・・・(笑)。

息子の成長は喜びだけど、成長と共にこんな寂しい気持ちも味わうのが子育てなのね。

おっぱいさんありがとう。
寛太、おっぱいを飲んでくれてありがとう。

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おっぱいさん、、、さようなら!
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# by kusanohiromi | 2014-03-16 17:10 | 家族  

息子が一歳になりました!

ホワイトデー生まれの息子。
一歳のお誕生日を迎えました☆

12日から13日へ日付が変わるあたりから、「あ~、去年の今頃陣痛が始まったんだなぁ~。」としみじみ。
13日を過ごしながらも「あ~、去年の私、まだ陣痛で苦しんでいるなぁ~。長っ!」と改めてその長さに驚き。

一歳のお誕生日は「はじめて」のお誕生日なのでやっぱり特別。
感慨深いものがあります。

あれだけ痛くて長かったのに、生まれた瞬間吹き飛んだ苦しみ。
達成感と爽快感でおしゃべりが止まらなかった。
病室の窓から見える青空の、遠くに飛ぶ飛行機を眺めながら幸福感に包まれていたなー。

さて。
はじめてのお誕生日、本人は理解していないだろうけど親の自己満足で準備を頑張りました。

部屋の飾り付け。
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もちろん我が家はHAPPYBIRTHDAYではなく、イタリア語でBUON COMPLEANNO!
そしてバースデー離乳食!!!
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このご飯、下から緑、白、赤ってイタリアカラーになってるの分かります?
細かすぎるこだわり(笑)。

ケーキは旦那担当。
道具と材料を渡して完全におまかせ。あ、ちなみに赤ちゃんでも食べられるように食パンのケーキです。

「弘美ちゃぁ~ん、小さい型の方がたくさん抜けた~!」ってそりゃそうやんっ!
そしたら二段目の方が長くなってバランス悪いやん!

だけどおまかせ、おまかせ。

すると・・・。
作ってる間にだんだんと傾いて・・・
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ピサの斜塔(笑)!!!

そりゃ私イタリア大好きやけど!
運ぶときグラングランでいつ倒れるかめっちゃ恐怖っっっ(笑)!

あー、おもろ。

さー。お誕生会のはじまり~。
e0122770_16242789.jpg手掴み食べ~。
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e0122770_16251621.jpgケーキも手掴み~。
テーブルもご覧の通り、袖の中までクリームだらけ(笑)。
楽しそうやねぇ~。
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テンション上がってノーン!

そしてお誕生日プレゼントは・・・。
手作り絵本!
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タイトルは『みぢかなとりたち』。
ほぼ鳥の図鑑のような、一歳向けにしてはやけにメッセージ性の強い絵本になりました(笑)。

中身は別でご紹介します。

ねんねの赤ちゃんだった息子が、1年でこんなに成長して・・・、自分の誕生日なんか比じゃなくこんなに嬉しいものだとは!

そして、嬉しさと同時に実は寂しい気持ちで誕生日を迎えたのであります。
誕生日が来たらまもなく「断乳」・・・。

おっぱいとさよならすると決めていたのです。

二日後には断乳。

さて、どうなることやら。

うん。無事に一歳を迎えられたことにとても喜びを感じています。
この一年、本当に楽しかったなぁ~。
今までのどの一年より変化の大きな一年だった。
ライブはないけど曲がいくらでもできそうやぁ~(#^.^#)
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# by kusanohiromi | 2014-03-14 14:45 | 家族  

産後初ライブが終わりました

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2014年3月8日土曜日に、産後初のライブが終わりました。

産後半年はまともに楽器も触れず、腹筋もほとんどなくなっていたので元に戻るのか心配もありました。

「真昼の月夜の太陽」さんが声をかけてくっださったおかげで復帰する決心がつきました。

子連れでのライブに不安もありましたが、この日は「ママズデー」ということで、出演者全員がママ。

スタッフルームにはシートが敷かれ赤ちゃんが寝転べるスペース。
仕切られた授乳コーナー、ミルク用のお湯やオムツ替えのソファが用意されていました。

なんとありがたいことか!

初めての試みで分からないことだらけと言いつつ、十分過ぎる配慮!!!

こんな状況を用意してもらってライブさせてもらえることに、本当に感謝しています。
ありがたい。
そうまでして「歌いに来て」と言ってくれる箱がある。
とても幸せなことだ。

この日に向けて年末から腹筋も鍛え始めました。
しかし、、、インフルエンザ、度重なる4回の乳腺炎、ウイルス性胃腸炎と、以前とは自分の体が思うようにならないことも実感しました。

リハーサルには息子を連れ、レジャーシート、オムツ、離乳食、お茶、おもちゃを持ち、息子を抱えスタジオに通いました。

3ヶ所のスタジオを交互に利用しましたが、どこも赤ちゃん連れを歓迎してくれ楽しく練習できました。
体力は相当消耗しましたが・・・。

旦那も全面的に協力してくれて、休みの日には私が集中して練習できるように息子を連れ出してくれたり、ご飯を作ってくれたりしました。

そんな、みんなの協力あってライブ活動を復帰することができました。

1年2ヶ月のブランクは、歌やピアノの技術面ではなく、私のメンタルに現れました(笑)。
口から心臓が飛び出そうなほど緊張。

なんでー!
ライブってこんなに緊張するもんだっけ!
もちろん今までも緊張してたけど、比じゃない!

12年、何回ライブやってんだ(笑)!

今回のライブでよおーく分かりました。

ブランクは技術でなくメンタルで乗り越える!

ライブ後猛省していた私とは裏腹に、好評かなのがまたライブの不思議。

本当にこれだけはいまだによく分からないな。

新曲は、自分の思いをストレートに書いた曲だけど、泣いた人続出だったって。
いっぱい感想メールをもらいました。

ライブ後、本当に猛省して正気を失っていたので、出演者たちとこの素敵なイベントの写真を撮るのを忘れていました!

ここまでお店に環境を用意してもらっておいて・・・ごめんなさい。

ママシンガー、万歳!

復帰してすぐですが、次回のライブはいつできるか分かりません。

ですが、きっと私は歌い続けるということが分かったライブでもありました。

必ずまたお会いできるでしょう。
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写真は、出演者で仲良しのohko naturalと、これまた仲良しロックママ、へルマン&THE ペースメーカーズのキーボーディストの溝田志穂ちゃんです。
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# by kusanohiromi | 2014-03-11 13:21 | ライブ・音楽  

4回目の乳腺炎

またも乳腺炎になってしまいました(T_T)

朝起きておっぱいの痛みと共に全身の倦怠感と悪寒。
ブルブル震えながら布団にくるまっていたら、あれよあれよと38度7分まで。

おっぱいの中にはプチトマト大の硬いしこりと赤味が・・・。

痛いよ~。

母乳が出なくて悩むお母さんも多いけど、出過ぎも本当に困りもの。

産後どれだけ食事制限しているか・・・(´;ω;`)

乳製品、揚げ物、カレーやシチューなどルーを使ったもの、ラーメンなど油っこいもの。
アイスクリームにチョコレートにフルーツ。

食べられないものがたくさんです。

今回も、旦那が職場でもらってきたバレンタインのチョコを夜にひとつまみ。
朝起きてひとつまみ。
お昼に友達の家で「アルフォート」を1個。

そしたら見事に詰まりました。

それに授乳をしていると、なんとなく体力がとても奪われているような気がします。
すぐ疲れる。すぐ病気する。
今年に入ってインフルエンザA型にウイルス性胃腸炎で二度も倒れたし。

そりゃ考えてもみれば、血液から作られる母乳、、、一日に1.5リットルくらい息子に吸い取られてるんだもんなぁ~。
妊娠前と同じペースで予定を入れていたら、途中でバテてそれがこなせない。
なんとも情けない。

子育てって、自分が思っている以上に実は体力を消耗しているのかも。

今日も、桶谷式母乳育児相談室へ駆け込みおっぱいマッサージの手技を受けました。
そこで、遂に断乳の相談をしました。

4月からは保育園に入れるので、せめて朝と夜だけでも精神安定のために飲ませてあげて一歳半までは母乳育児を続けるというのが私の希望だったのですが、さすがに乳腺炎4回ともなると、今後仕事復帰に差し障ると、桶谷の先生の方からの勧めでした。

1歳のお誕生日が来たら断乳します(泣)。

未だに一日10回ほどおっぱいを飲む息子。(同じ月齢のまわりの子たちはもう4回ほどしか飲まないそうで、日中は2回とかだそうです。)
私の方も分泌も一向に減らずピューピューでている母乳。

いいおっぱいだと先生にいつも褒められていたけど、残念なことに息子の飲みが浅くて小食。
そのためトラブルまみれの母乳育児でした。
最後まで需要と供給が合わなかったのね~。

それでもおっぱい大好きで、家にいると1時間半~2時間おきにおっぱいを飲みに来る息子。
こんな可愛い姿をもう見れないと思うと寂しいし、精神安定剤のおっぱいを保育園に入る前に取り上げるなんて残酷。
可哀想でたまらない。

試練だわ~。はぁ~。
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# by kusanohiromi | 2014-02-16 00:16 | 家族